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「トイレは適切な用途で使いましょう」

昔なくて今あるものとは、なんだろうか。
筋力、体力、記憶力、集中力、肌のハリ、経験値、パートナー、経済力………
人それぞれ色々あると思う。
そして世の中は不変であり、昔も今も変わらないものの方が少ないのでは…と思ったりもするが、私にとって昔なくて今あるものは、『セルライト』である。

『セルライト』とはなんだろうか。簡単に言うと「脂肪の塊」である。
年とともに代謝が悪くなり、セルライトも溜まりやすくなると言われている。
確かに、昔痩せいたが歳を取って体重が増えたと言う人は男女問わず、多いだろう。
なぜここで敢えてセルライトを強調するかと言うと、私は過去に「セルライトが無い」と明言されていたからである。
ここまで読むと、過去の自分の自慢話か回顧録のように聞こえるが、この話はただの自慢話では終わらない。

20代の初め、上京したばかりの私はおのぼりさんだった。
渋谷に新宿に原宿に飛びまわり、誘われる場所にはどこへでも飛んでいった。
そんな23歳の頃、私は美容関連のネットワークビジネスと関わりを持っていた。
その団体の合宿が千葉であるということで、ネットワークビジネスをしていないのにも関わらず、物見遊山でノコノコと合宿に参加しに千葉まで行ったのである。
合宿ではさすが美容関連のビジネスというだけあり、朝から晩まで美容の講義をしていた。そして1日目の晩、部屋に集まりお互いのセルライトチェックをしていた女子たちの中の一人が、私の腕を掴み「セルライトがない!」と言ったのである。

セルライトがないということは、痩せているということである。
美容の専門家がセルライトがないと明言するほど、当時の私は痩せていた。
それもそのはず、当時の私は食べては吐くを繰り返す、いわゆる過食症という摂食障がい者だったからである。

事の始まりは高校3年生の秋だった。
自分の体にコンプレックスがあり、真面目で融通の利かない優等生タイプだった私は、高校卒業後の生活に不安を感じていた。そして信じられないような極端さだが、「痩せないと幸せになれない!」と、強固に思い込んだのである。
元来ストイックな性格の私は、やると決まったら目標にまっしぐらだった。
痩せると決めた日から食事を摂るのをやめ、口にするのは水分のみになった。
毎日おかずもご飯も食べず、味噌汁も上澄みだけ。
そうした生活を送った私は見る見る間に痩せていき、50㎏台だった体重は40㎏前半まで落ち、1、2カ月で約15㎏の減量を達成したのである。
私は目標を達成し、理想の体を手に入れた。
そしてその代償として冷え性や便秘になり、ホルモンバランスは崩れ、生理は止まったのである。

理想通りの「幸せになる」体形を手に入れた私は、大阪で華々しい大学生ライフを送る予定だった。
……が、実際に起きたのは、今度は地獄のような過食嘔吐の日々だった。

高校時代に無理な減量を行った私は精神的な飢餓状態になっていた。そこに初めての一人暮らしが始まり、そのストレスは一挙に「食」に向かった。
数か月飲まず食わずだった私の生活は、タガが外れたように、夜な夜なお菓子を買い漁ってはトイレで吐くと言う生活に一転したのである。
一人暮らしの大学生活。家族から遠く離れた地で、止める人は誰もいなかった。
そして私の過食嘔吐は18歳から25歳まで、約8年間も続いたのである。

そういうわけで、話は戻るが食べては吐いている時代の私は太りようがなかった。
その結果の「セルライトがない」だったのである。
ではいつから私の手足にはセルライトが登場したのだろうか?

先ほど「過食嘔吐は25歳まで」と伝えたが、25歳が私の人生の転機だった。
当時東京の世田谷に住んでいた私は、知人と上野に遊びに行き、その時にふと入った居酒屋と運命の出会いを果たしたのである。
そこは店長やスタッフも含め、とても居心地がよく、大都会の中のふるさとのようだった。そこではどんな自分でもオープンにすることができた。
吐き続け疲れ果て、自己嫌悪の海に浸かっていた私にとって、どんな自分でも受け入れてくれる場所は、地獄の中のオアシスだった。
その年に世田谷から上野に移り住んだ私は、毎日のようにその居酒屋に通い、アルバイトまでするようになった。
人生で初めて見つかった居場所だった。
アルバイト終わりはみんなで飲みに行き、夜通し語り笑い合った。
仲間たちと楽しく食べた食事を、私は吐きたくないと思うようになった。
そして私は吐かなくなった。

トイレは通常の用途を取り戻し、吐く習慣はなくなり、食べる習慣は残った。
さてそうするとどうなるだろう。
そう。お察しの通り、私の体重はうなぎのぼりになった。アルバイト終了後の深夜に飲み歩く習慣も、体重増加に加速をかけた。
1年で急激に10キロ程増量した私は、当時来ていた服も着れなくなり、家族や周囲の人を驚かせた。
そして、セルライトがこんにちはしたのである。

これが、私のセルライトにまつわる物語である。
今は食生活を整え、適度に運動することで食べ吐きしていた時代の+5%くらいの標準体型に留まっている。
8年間止まっていた生理も戻ってきて、子どもを育てるということも夢ではなくなった。
疎まれることも多いセルライトや生理だが、私にとっては大事な健康の証だったりするのである。
しかし人の慣れとは怖いもので、お菓子を食べることにも、深夜に飲み食いすることにも、一度慣れてしまうと抵抗を感じなくなるのである。
むしろ24時過ぎると空腹感を感じる始末である。

ここからは、「普通」にセルライトとの闘いである。
今は、吐かず健康を維持し、生涯健康であることを人生の目標にしている。
そう考えると、健康的にセルライトと戦えることが嬉しかったり、誇らしかったりもするのである。

                                               【終わり】

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