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【ナイキ発】 肌の露出の少ないスイムウェア& パリ五輪のゆくえ ヴェール考察<2>

イスラム教徒のヒジャブは宗教的な装身具であり、ファッション・アイテムではありません。とはいえ、女性が身につけるものであり、服装でもあるという意味で、ファッションと無関係とも言えません。
Title photo:Nike debuted its modest swimwear collection in 2020

前回のヴェール考察<1>で、国境なき医師団の手術室看護師の白川優子さんが、自分用のアバヤを買ってファッション性を楽しんでいたように、ヒジャブやアバヤではオシャレができない、というわけではなさそうです。

実際、ここ数年、アメリカや日本でもムスリム・ファッションの新ブランドが生まれたり、人気ファッションブランドがムスリム・コレクションをショーで発表したり、と大きな市場を作りつつあるようです(イスラム教徒はキリスト教徒とほぼ同じ20億人で半分女性とすれば10億人)。主要な顧客はムスリムの女性かもしれませんが、水着について言えば、トランスジェンダーの人々やルッキズム(外見による差別)に抵抗感のある人、自身のからだと服装のマッチングに疑問や不安のある人々にとって検討の対象になり得るウェアで、もしかしたらターゲットとなる人は案外幅広いのかもしれません。

そういえばLGBT+やトランスの支援活動をする人の中には、肌の露出や胸の谷間を強調するような服ではなく、からだの線の見えにくいフワッモコッとした服を着る人も多いように見受けられます。


ムスリム女性 X インクルーシブなスイムウェアとは

ナイキのスイムウェアの販売ページ

上の画像は、Nike Victory(Women's Full-Coverage Swim Tunic)のページ。
商品説明 [ 流線型のデザインと軽量素材により、水中で自由に動けます。穴のあいたソフトカップはパッド入りで、水の流れに自由を与え、カバー力と快適性を提供します。](英→日 DeepL翻訳)

実は最初このページにアクセスしたときは、ブラックヴァージョンのみが表示され(↓)、Sold Outになっていました。現在は上の画像のようにピンクとブルーが販売中で、右サイドのブラックのところはグレーのレイヤーがかかって やはりSold Out。サイズ表を見ると、2XL、XLが欠品(Sold Out)のようです。大きめのサイズから売れている……ムスリムというより、体型的な理由からの購入かも?
*今日(11.16)再アクセスしたところ、ブラックはなく、ネイビーブルーのXLサイズが追加されていました。

Sold Outのブラックヴァージョン


海外でコレクションを発表する高橋盾氏による日本発のファッションブランド、UndercoverModest Swimwear(露出の少ない控えめな水着)のコレクションを発表しています。Stylish and Sun-Protective(スタイリッシュで太陽から身を守る)が謳い文句のようです。

Undercoverの販売サイト
Undercoverの販売サイト

スイムトップス、スイムドレス、スイムスカート…. サイズも豊富なようで、見た目も素敵です。Kids用(girls)もありました。
どんな体型の方でも、どんな年齢の方でも、自信を持って水着を着こなせます」「キュートなモード水着をお探しですか? 当社の水着はすべて、プールでも外でも気持ちよく過ごせるよう、最新のスタイルを意識して作られています」「すべての製品はフルカバレッジで、UV50+、太陽の有害な光線を98%以上カットするように設計されています」(英→日 DeepL翻訳)

はは〜ん、なるほど、modest(控えめな)という言葉は、イスラム教徒の服装を表すときの(コーラン解釈時に使われている)表現ですが、Undercoverの水着のページでは、特に「ムスリム」の用語は見当たりません。「着る人の文化や信仰に沿った(露出の)控えめなスイムウェア」という説明がありました。

当初ムスリム女性のために発想された水着かもしれませんが、「体型」「年齢」「日焼け」が気になる人にも適していると書いてありました。体型と年齢の面では、ルッキズムに対してカバー力があり、特にプールサイドなどでは、人目を気にせず気持ちよく着て過ごすことができるということでしょうか。その意味で、これまでからだを露出するワンピース型、ビキニ型の水着しかなかった(主流だった)ことが、逆に不思議に思えてきます。

結論として、控えめな水着の着用には、日焼け防止、快適性、ボディ・ポジティブ、汎用性、文化的・宗教的信条の遵守など、多くの利点がある。控えめな水着は、控えめな服装を好む人々に、よりカバー力のある選択肢を提供し、外見や信条を気にすることなくウォーターアクティビティを楽しむことを可能にする。着心地がよく、スタイリッシュで着回しのきく水着をお探しなら、モードな水着を試してみてはいかが? アンダーカバー・ウォーターウェアのサマー'23モード水着コレクションをチェックしよう。
(DeepL翻訳による日本語訳)

Undercoverサイト

2024年のパリ五輪、選手のヒジャブ着用は可?

フランス政府の公の場でのヒジャブ対策には、以前から厳しいものがありました。最初に話題になったのが、1989年、パリ北部の公立中学でマグレブ出身の女子生徒がヒジャブをかぶって登校し、校長から授業に出ることを禁じられた事件。(現代ビジネス:2019.09.18「フランス「スカーフ事件」から30年、いまだ分断が加速する理由/ヴェール問題の争点はどう変化してきたか」 by 伊達聖伸東京大学准教授)

このときフランスの最高裁に当たる国務院はライシテ(国家と宗教を分離し、信仰の自由を保障するフランスの憲法原理)と矛盾しない、という判断を下したそうで、ケースバイケースで容認されるとしました。

ところが2004年になって、「原則容認」だった学校でのヴェール着用を「一律禁止」とする法律が制定されたというのです。その背景には、2001年の9.11以降、フランスでもイスラム過激派の動きが活発になったという事情があるようでした。

シラク政権は、公立校での目立つ宗教的標章の着用を禁じる法律を採択した。

現代ビジネス:2019.09.18

2008年には、私立の託児所に勤務するムスリム女性が、ヴェールを着用していたという理由で解雇されます。託児所は公益性が高いということで。最終的にこの女性は長い裁判の結果、「解雇は妥当」とされました。

2016年夏には、女性ムスリム用の水着「ブルキニ」(ブルカ+ビキニ)が論争の的となり、「カンヌなど南仏の20以上の自治体が、浜辺などにおけるこの水着の着用を条例で禁じた」(現代ビジネス)とされます。ブルキニはからだの露出は抑えているが、顔は見えているもので、ナイキの水着に近いウェアと考えていいと思います。

ブルキニは2004年に、レバノン出身のオーストラリア人女性アヒーダ・ザネッティ氏によって開発されたもの(東洋経済オンライン)。←この記事を書いた米ハーバード大学教授のイアン・ブルマ氏によると、2016年、「ニースのビーチで武装した3人の警官が1人の女性にブルキニを脱ぐよう強要している醜悪な写真が世界中の新聞に掲載された」そう。

んん? これってイランの風紀警察がムスリム女性にやったことと、根本は同じでは。。。

なぜブルキニが、このスタイルがいけないのか、不思議な感じもします。海辺でからだの露出の少ないものを着て、頭をスカーフなどで覆っていたらダメ?ということなのか。ムスリムじゃなくても、年配の女性や太陽から身を守りたい人がそうしていることだってありそうなのに。。。

一方、ヴァルス首相は「ブルキニ着用はフランスにふさわしくない、胸を露わにする女性のほうがフランス人らしい」と受け取れる内容の発言をし、物議を醸した。

現代ビジネス:2019.09.18

ははは、、、これは笑える。男性政治家というのは、どこの国でも面白い発言をしてくれます。露出は好ましいが、、、隠すのはNG???

さらに2019年、ムスリム女性10人が、グルノーブルの市営プールで(内規で禁じられている)ブルキニを着て入場。それが問題を引き起こしたとありました。これはどうもブルキニ着用を主張する政治的な活動だったようで、彼女たちの主張によると、ブルキニ着用は「『宗教的信念』に基づくものではなくて、『すべての女性の自由』を守るため」だったそう。(現代ビジネス)

禁止している側が「女性の自由を奪っている」という主張ですね。面白い。

2022年、グルノーブル市は、ブルキニを含むあらゆる水着を許可すると発表したものの、国務院が政府方針を支持したことで、解禁は却下されたようです。政府側は、グルノーブル市の政策を「受け入れがたい挑発」と表現しています。サルコジ前仏大統領も、かつてブルキニ着用を「挑発的な行為」と語ったとされています。

来年はパリ五輪があります。そこでのヴェール着用選手は、最終的に出場を認められるのでしょうか。女性の権利を主張しているはずのフェミニスト団体が、先頭にたって着用に反対しているようです。

フランスの国際女性権利同盟などの団体が、「2024年の大会ではイスラームのヴェールを被った女性アスリートを送り込んでくる国を除外するよう、国際オリンピック委員会にはたらきかけている」そうです(現代ビジネス:2019.09.18)。国際女性権利同盟は、『第二の性』の著作で有名なフランスの草分け的フェミニスト作家、ボーヴォワールが創設した団体のようですが、もし彼女が生きていたら、ヴェール着用の自由をどう受けとめたことか。

フランス政府はヴェールの着用を宗教的プロパガンダと見ていて、ヴェール着用は「各人はいかなる種類の差別も受けることなくスポーツをすることができなければならない」と謳うオリンピック憲章の精神に反する、と解釈しているようです。

ヴェールをつけることが「女性差別」になる、という解釈でしょうか。
しかし、、、ムスリム女性が自らの希望でヴェールをつけているとしたら、ヴェール禁止は彼女たちの自由を奪う「差別」とならないのか。フランスの主張はかなり苦しいように感じます。

ただヨーロッパでは、フランスに限らず、ヴェールの着用を制限すべきと考える国はたくさんあるようです(オランダ、スイス、ベルギー、イタリアなどなど/2017年の世論調査)。これに対して北米では、ヴェールを規制した法律を制定したのは、フランス語圏のケベック州(カナダ)のみだそう。

パリ五輪のヴェール着用については、フランスが着用を禁止したことに対して、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のマルタ・ウルタド報道官が、「女性が何を身に着ける必要があるのか、あるいはないのか、誰も制約をかけるべきではありません」として、フランス政府のヴェール着用禁止を批判しています。


下の写真:2016年リオデジャネイロ夏季オリンピック、女子テコンドー(57kg級 )のメダリストたち。すでにヒジャブのアスリートは五輪にいました。同じ大会で、アフリカ系アメリカ人ムスリムのイブティハジ・ムハンマドさんも、フェンシングで銅メダルを獲得しています。

左から銀メダル(スペイン)、金メダル(イギリス)、銅メダル(イラン、エジプト)の選手たち
photo by Mohammad Hassanzadeh (CC BY 4.0)

ユニクロのヒジャブ〜ムスリムファッションの今

ユニクロがヒジャブを販売していたとは! 販売サイトのレビューを見ると、なかなか評判は良いようですが、どうも現在は販売していないようです。レビューを見ると、ムスリムの人というのではなく、夏場の日除け対策として購入している日本人が結構いました。首筋の日除けに良いそうです。

以下いくつか販売サイトのレビューから。すべて日本人のようで、ムスリムではなさそう。外を歩くときは長袖に日傘、庭仕事や犬の散歩ではヒジャブ、ということでしょうか。素材が汗をすぐ乾かしてくれるエアリズムで、さらりとして心地いいとか。

Aさん:日光アレルギーがあるため、通年で利用。使用感もよくありがたい。ここ数年販売されていないので、再販を心待ちにしている。
Bさん:犬の散歩、ガーデニングなどの作業時に帽子の下にかぶっている。首筋の日除け用でしたが、髪の毛もまとまって汗どめにもなり便利。
Cさん:暑い国に旅行に行くとき首まわりの日除け予防として買った。
Dさん:ネットで在庫のある店を探して予約しておいたのに、店では「ヒジャブ」が何なのか理解されていなくて、結局オンラインショップで買った。

ユニクロの販売サイトより

次に紹介するのは、シリア出身のマルワ・アティック、タスニーム・アティク・サブリ姉妹によるモードなヒジャブ(ヴェール)のブランドVELA(ラテン語でヴェールの意味)。2009年設立、アメリカ。

VELAのサイトより

VELAはマルワさんが18歳のときに立ち上げたブランドで、ミレニアル世代へのアプローチにより、何十万人ものムスリム女性に大きな影響を与えているそう。
製品はすべてマルワさんと彼女のチームによって、南カリフォルニアのVELA社内でデザインされ、南インドの綿工場や女性が主導する小規模な職人チームの協力により、独自の生地によって作られているそうです。生地は手染めで、伝統的な手法により、少量生産で染色をしているとありました。デザイン、生産のプロセスでは、色の配合や多様な肌色を引き立てる染色を開発しているとのこと。「多様な肌色」という視点はユニークかもしれません。ファッションにおいて、肌色の多様性がデザインや染色の時点で考えられている、というのはあまり聞いたことがない気がします。


Haute Hijab(オート・ヒジャブ)はニューヨーク発のヒジャブ・ブランド。様々なカテゴリーのヒジャブを販売していますが、その中に「スポーツ・ヒジャブ」がありました。滑らかで超軽量なハイテク素材、S.Caféが売りのようで、速乾性や日焼け防止力の強さが特徴のようです。スタイル、カラーリング共に豊富で美しく、これならどんなフィールドにもフィットしそうです。

Haute Hijabの販売サイトより


オリンピックのメダリスト、フェンシングのイブティハジ・ムハンマドさんも、ムスリムファッションのブランドを立ち上げています。彼女のLouellaでは、ドレスやコート、ヒジャブまでオールアイテムを豊富なデザインで展開しています。ムハンマドさんは、講演会などで自分の体験を話す機会が増えるにつれ、自分のセンスにあい、信仰にも適合する服を見つけることに苦労した結果、自分のブランドを立ち上げたそうです。

アメリカ発のブランドを三つ紹介しましたが、インドネシアにもラニ・ハッタという若手デザイナーによるブランドRani Hattaがありました。ジョグジャカルタ出身で、ジョグジャカルタ国立大学のファッション学科で学び、その後ブランドを立ち上げています。

ムスリムファッションは2017、2018年前後に活発化したようで、当時たくさんの新ブランドが世界的にできたようですが、2023年現在はなくなっているものもあるようです。紹介するメディアも、その辺りの日付の記事が多かったです。とはいえネットで検索できたのは、グローバルブランドが中心なので、現在もローカルなムスリムファッションのメーカーやショップは各国・各地域にたくさんあるでしょう。

国内の日本人ムスリム女性の困難

日本にも海外からのムスリム、改宗した日本人ムスリムはそれなりの数いると思われます。2020年末の調査では、日本で暮らすムスリムは約23万人、10年前と比べると倍増しているそうです。このうち結婚による改宗のほか、自ら入信する日本人も増えているとのこと(朝日デジタル「日本人のイスラム教徒」が増える理由 国内のモスクは20年で7倍:2023.5)。

わたしの住む東京郊外でも、ブラジルからの移住者に加えて、最近はヒジャブをつけた女性もときどき目にします。

では日本人ムスリム女性は、日本社会の中でどのように暮らしているのか。婚姻による改宗者、自ら求めて改宗した人、そのどちらにも共通する課題があると、関西学院大学社会学部教授の安達智史さんは指摘しています。

安達智史さんによると、最も大きな問題は、日本社会の中ではヒジャブをかぶることに大きな抵抗感があることでした。イスラム教に改宗したことを周りの人に告げられないため、ヒジャブがつけられない人。会社に対する貢献がまだできていないので、着用を言い出せないと思う会社員の人。ヒジャブを会社でかぶることが難しいと感じ、会社をやめて自営業の両親の元で働くことにした人。また自分の意志でヒジャブをかぶる場合も、「外国人の夫に着用を求められている」と周りに説明している人もいるようでした。

イスラム教に改宗というと、「女性差別的で後進的な宗教」になぜ今の日本人が、と思われるかもしれません。しかし安達智史さんによると、近年の世界的なイスラム教徒の増加は、イスラム社会の後進性ではなく、むしろ近代化による結果だそうです。欧米から輸入された国民教育を通じたリテラシーや教育水準の向上により、アラビア語に加えて英語などの言語で宗教に関するテキストを読み、欧米への留学を通じて世界各国のムスリムと出会い、その結果、自分の国の政治や社会体制が非イスラム的ではないのか、と疑問や反感を感じている人々なのです。

イランやその他のイスラーム社会で生じていることは、イスラームと現代文明との対立ではなく、信仰の個人化とそれを抑圧する政治的・宗教的権威との闘いとみることができます。(安達智史)

ヒジャブからみる現代のムスリム——イスラーム化、個人化、そしてファッション(安達智史)


イスラーム・ジェンダー学が分析した世界各地のムスリム女性

最後に、前回紹介した本『記憶と記録にみる女性たちと百年 イスラーム・ジェンダー・スタディーズ』(岡真理、後藤絵美著・編/イスラーム・ジェンダー・スタディーズ第 5 巻/明石書店、2023年)から、世界各地のムスリム女性のヒジャブや服装に関する調査と分析をざっくりと紹介したいと思います。

☆イラク

この国における女性運動の歴史は長いようだ。10月革命(2019年10月)の全国的な反政府抗議活動では、女性の多さが目についたと酒井啓子氏(中東・イラク政治が専門の国際政治学者)は書いている(第8章)。

…ここで注目したいのは、ヒジャーブを脱いで西欧的な装いでデモに参加する女性の姿ではな く、ヒジャーブを着用し長袖、長いスカートの「普通の」女性たちの、一見したところの数の多さである。女子大生と思しき女性たちが、まるでピクニックにでも行くかのように手をつないでデモに参加し 、携帯電話で自撮りしている。

記憶と記録にみる女性たちと百年 イスラーム・ジェンダー・スタディーズ

ヒジャブをつけた女性活動家の台頭は「ムスリム・フェミニズム」と呼ばれることもあるようで、「イスラムに執着しつつ女性の権利を主張する」ということのようだ。イスラムと女性の権利要求は矛盾しないとの考え。そして女性を抑圧するさまざまな制約はイスラムゆえのものではなく(部族的封建制やそれを利用するイスラム主義政党によって起きているので)、イスラムのより自由な解釈が必要と彼女たちは考えている。2018年以降、女性活動家への襲撃は本格化しているという。

☆ウズベキスタン

住民の大部分がムスリムであるこの国の100年間の装いの変化を見ると、三つの時代に区分されるという。1924年にはじまるウズベク・ソビエト社会主義共和国時代には、「政府主導による女性解放」に則って、ヴェールの根絶が目標となった。次に洋装が導入され、伝統衣装の洋風化が進んだ。その次に、多民族国家を表彰するソ連の政策により、伝統的民族衣装の定型化が起きたという。そして頭部の覆いは都市部の若者の間では、あまり見られないようになる。夏に女性が半袖、膝丈のワンピース姿で街を歩く姿は普通のことになっていった。

その後、ソ連解体により独立国となったウズベキスタンは、二つのグローバリゼーションと出会うことになる。一つはTシャツにジーンズなどのカジュアルウェアや有名ブランドの流入、もう一つはグローバルな展開を見せるイスラム的装いとの接続。これにより新たなスタイルによるヴェール(ヒジャブ)の着用が広まっている。
*この項は第9章、帯谷知可氏(京都大学東南アジア研究所教授)による報告を参照しました。

☆中国

この国にはイスラム教徒が約2300万人住んでいるとされる。歴史的に見ると、文革時代(1966〜1976年)には共産党の監視と指導下に置かれていた宗教は、1979年以降はその圧力が穏やかになり、1990年代には「イスラーム復興」が盛んになった。ムスリムの中の最大民族集団「回教」は、約1137万人いて、中国各地に散らばって住み、漢語を話すイスラム教徒として生きている。
改革開放により禁止されていたヴェール着用が復活し、他国のイスラム復興におけるヴェールの言説が入ってきた。そうした中で、イスラム教が世界宗教であることに力づけられた中国のムスリムは、外国のイスラム教徒への連帯意識をもつようになる。
回族でありながら、イスラム教をあまり深く知らなかった者が、敬虔なムスリムに刺激され、イスラム教を学びヴェールを自らの意志でつけるようになった、というケースもある。ただ近年は社会の中のイスラム嫌悪により、暴力やハラスメントを避けるため、ヴェールを脱ぐという現象が起きている。
*この項は第10章、松本ますみ氏(大阪大学・大学院人文学研究科、招へい研究員)による報告を参照しました。

☆ベルギー

首都のブリュッセルは、移民や移民の背景をもつ人々が人口の75%を占めている。モロッコ系移民などイスラム教徒の女性たちのスカーフ着用には、多様性があるという。移民1世の母親が娘にスカーフを勧めなかった場合も、当の娘たちが「自らの成長や家族形成の過程で、まずは薄色のスカーフ着用に始まり、徐々に全身を覆うことのできる濃色のスカーフや衣服を自らの選択によってまとうようになったのだという」。スカーフ着用は、娘たちにとって、あくまで個人の信仰のありようだと考えられている。友だち関係のネットワークで見れば、スカーフを着用しない友人もたくさんいるという。
交友関係の中でのスカーフ着用の自由さとは別に、ベルギー社会の中では、雇用主がスカーフ着用に難色を示したり、それにより雇用機会を失うことも起きている。ある地区では、「信条や思想を根拠とした差別禁止条項」を設けて、こうした雇用差別をなくそうとしている。しかし公共機関では、中立性の観点から、公務でのスカーフ着用に慎重論がある。
*この項は第12章、見原礼子氏(同志社大学・グローバル地域文化学部准教授)による報告を参照しました。

☆インドネシア

世界最大のイスラム教国であるインドネシア。慶應義塾大学・准教授の野中葉氏(現代東南アジア研究)によると、自身が留学していた高校時代の1990年には、学校でも街でもヴェール姿は少なく、制服も半袖、膝丈スカートだったという。それが30年後には、ヴェール着用、長袖、くるぶし丈の長いスカートに変わっていた。

インドネシアでは、1980年初頭の権威主義体制の中、政府の抑圧に対抗するため、大学生らがコーランを熱心に学び、イスラムの教えに自覚的になるという動きがあった。1990年代末の民主化運動では、ヴェールの着用においてもイスラムの教えにより近づこうとし、長袖、長スカートで全身を覆う服装が増えていった。

さらに近年になって、顔と全身を覆うチャダルが増える傾向にあるという。

それに対して2018年には、国立イスラーム大学が校内でのチャダル着用を禁止し、翌2019年には公務員のチャダルも禁止された。チャダル着用はマイナーな行為と見られ、ときに過激主義との関係を疑われたりもするようだ。そのため家族や夫から外すよう言われることも多い。

しかしチャダルは近年、YouTubeのネット説教師やインスタグラムのインフルエンサーによって、若者への影響が増している面もある。チャダル着用者の心情としては、イスラム教への敬虔さを表すという理由の他に、男性の目から身を守り安心感がある、男性が礼儀正しく接してくる、見た目の容姿ではなく自分自身を見てもらえる、などの理由があるようだった。

以上、5カ国のヴェール事情を紹介したが、この本では他に、アメリカ、イラン、エジプト、日本についても書かれている。共通して言えるのは、時代を経る中で、イスラム教を自覚的に学ぶようになったムスリム女性たちが、自身の希望で、個人の信仰心を表すためにヴェールを着けるようになったことだ。一般社会が「国や男性からの強制ではないか」「女性の人権が侵害されている」などと考えていることと正反対のことが起きているということ。

部外者であるわたしたちがするべきことは「ムスリム女性にヴェールを外させる」ことではなく、彼女たちの自由意志を尊重し、その行為を理解することだと思う。彼女たちを抑圧された力なき哀れな者、人権を犯された人間と見るのは、本当に失礼なことだと感じている。そうすることによって、こちら側こそが、人権侵害をしていることに気づかねばならない。


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