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20世紀の名作『銀河鉄道の夜』 と細野晴臣の音楽世界+ナウシカ騒動ふり返り

20世紀を代表するかもしれないアニメの名作『銀河鉄道の夜』(1985年7月13日公開)、『風の谷のナウシカ』(1984年3月11日公開)。この二つの映画に深く関わった細野晴臣の音楽世界について、書きたいと思います。

2月某日
何がきっかけだったか、アニメ『銀河鉄道の夜』のサウンドトラック全編を聴いた。あまりによくて、はぁーっとなり、映画の全編も再視聴する。

『銀河鉄道の夜』特別版CD
上の画像は初回限定版(2018年)、現在は1985年当時と同じジャケット

いや、きっかけを思い出しました。久石譲がドイツグラモフォン(DG)から、ジブリの映画音楽集を出したというニュースがあって、へぇー〜〜と驚き、DGがなんでまた、と。『A Symphonic Celebration』というタイトルで、「風の谷のナウシカ」「もののけ姫」「紅の豚」「となりのトトロ」などジブリ作品の人気音楽を集めたもののようです。

DGは少し前にピアニストのランランによるディズニー映画音楽集(『ディズニー・ブック』)を出しているので、その延長というか日本版ディズニーみたいな感じかなと。これまで評価の定まったクラシックや現代音楽の演奏家、作曲家を扱う名門DGというイメージがあったけれど、アニメの音楽という新たな路線も開拓しているのでしょうか。あるいは「20世紀の遺産」として、これも立派なクラシック作品という認識か。

で、どうして『銀河鉄道の夜』が出てきたかというと、わたしはジブリ作品はほぼ見ていなくて(Boo!)、よって久石譲の音楽もあまり知らない(再度Boo!)。今回、『A Symphonic Celebration』を少しだけ聴いてみて、やっぱり自分の趣味傾向とは違うなと思いました。で、好きなアニメ作品といえば、、、と思い返していたら『銀河鉄道の夜』が出てきたわけです。

『A Symphonic Celebration』を聴いてみて、なぜジブリ作品をこれまで見てこなかったか、少しわかった気もしました。ジブリ作品と久石譲の音楽は、『風の谷のナウシカ』以来の名コンビのようで、多くの作品を生み出していて、それだけ両者の志向するところが近いのだと思います。

久石譲『A Symphonic Celebration』(2023年6月)

そんななか『風の谷のナウシカ』の音楽に関するエピソードをウィキペディア日本語版で読んでいて、面白いことを見つけました。この映画の音楽は最初、細野晴臣が候補だったそうです。が、プランが進行するうちに(どの時点かはわかりませんが)、ジブリのアニメには合わないと宮崎駿らスタッフが判断して、最終的に久石譲が音楽を担当することになったとか。

細野晴臣はこの映画のテーマソングを映画の製作元である徳間ジャパンから依頼され、映画公開前の1984年1月25日にリリースしています。安田成美はこの曲で歌手デビューしました。テーマソングは当初、映画の中で使用されるはずだったそうです。その関係で、細野晴臣が映画音楽全体も担当する予定だったといくつかの記事にはありました。しかし結局、細野版のテーマソングは、テレビCMなどのプロモーション用となり、映画では使われず、映画の中の音楽も細野晴臣の手を離れる、ということが起きました。

映画の 制作会社(徳間書店)からは、エンディング・テーマとして細野版テーマソングを流したい、という提案があったそうですが、ジブリ側(宮崎・高畑)と久石の反対で実現しなかったとか。(ハフィントンポスト:2023年6月

のちに細野晴臣は、このいきさつについて次のように書いています。

僕は製作サイドからの依頼を受けて宮崎駿監督の「風の谷のナウシカ」(84年)のテーマソングを書いたのだが、これは結局映画では使われなかった。どうしてなんだろうと思って、ずっと生きてきたのである(笑)。
嫌われたのかなあとか、いろいろ思うところがあるし、当事者たちのあずかり知らないさまざまな事情もあったのだろう。また、当時はシングル盤の全盛期でもあり、ヒットチャートのための仕事だったともいえるが、それにつけても微妙な感情がそこにはある。

『キネマ旬報』2014年10月下旬号(細野晴臣著『映画を聴きましょう』から引用されている)

また制作側のジブリの心情については、倉田雅弘による次のような記事がありました。

細野晴臣の降板の理由について、宮崎駿監督の評は不明だが、鈴木敏夫は前述の『天才の思考 高畑勲と宮崎駿』の中で、高畑勲は「細野さんも大変な才能の持ち主だけど、ナウシカに合うかといえば違うんじゃないか。この人は夏のけだるさを表現したら得意な人で、情熱的な曲は作らないだろう。宮さんは熱血漢だから熱い曲を作る人の方がいい」と語ったと記している。

現代ビジネス「細野晴臣と久石譲の音楽交代劇」(2023年7月)

ちなみに何故いまごろ、この話題が復活しているかと言えば、映画公開当時に細野版のテーマソングを映画の中(もしくは映画館内)で聞いた覚えがあるという投稿が、2023年にSNSであったためらしい。

さらにはごく最近の出来事として、今年(2024年)の1月31日に、『風の谷のナウシカ』劇場公開40周年を記念して、細野と安田が、1984年のテーマソングを再録音、リメイクしてリリース(デジタル配信)しています。


『銀河鉄道の夜』に話を戻すと、公開から30年以上たった2018年に、2枚組の特別版としてサウンドトラックが再発売されています。映画で使われていない各曲の別バージョンの音源などが、ディスク2に収められていました。それを聴くと、(曲によっては)音色や音響がややブライトな(輝かしい)感じで、またシンセ色が映画版より少し濃い気もしました。あ、細野さんはかつてシンセの人だったっけ、と思い出すような感じ。オリジナルのサントラ版は、もう少しくぐもった感じで、曲によってはテンポもスロー。

『銀河鉄道の夜』のサウンドトラックを久々に聴いて驚いたのは、主題的な曲を含めて、楽曲やサウンドをかなりクリアに覚えていたこと。よっぽど印象深くないと、映画音楽というのはそこまで記憶に残らないのでは、と思いました。もしかしたらこの映画は、ある種の音楽映画だったのかも? とも。それくらい音楽が(映像を邪魔することなく)際立っていました。

アニメ『銀河鉄道の夜』は、キャラクターデザインがとても良く、背景画面は全体的に暗いトーンです。登場人物の動きは極端に少なく(日本のアニメの特徴でもありますが)、紙芝居のような感じ。その動きの少なさを補うように、細野サウンドが映像全体を包み込み、要所要所では重要なポイントとなっています。

映画を見返していたとき、あるシーンでは音が出る前に、あの音楽が出てくるな、、、というのを覚えていました。そしてメロディーラインが思い浮かぶだけでなく、音響的な記憶もけっこうありました。かなり脳内に刻まれていた感があります。

約40年前の音楽が、今聴いてすごくいいと感じられるって、それはそれですごいこと。おそらく全編(歌や合唱部分を除いて)シンセで作ったんだろうな、と思いましたが、楽曲作りに関する詳細はネットを探してみたけれど、ほとんどありませんでした。サントラの特別版にブックレットがあるようなので、そこで何か語られているかもしれません*。

わずかに見つけた情報としては、監督の杉井ギサブロー氏から、「揺れる音楽を」と最初に言われて、それをキーワードにしたと細野氏自身、答えていたこと。冒頭の「幻想四次のテーマ」にはそれが強く感じられます。細野さんが一番好きな曲だそうです。

宮崎駿さんは、細野さんの音楽には民族的な要素があまりない、といったような感じをもっていたようで、それもナウシカには合わないと思う理由だったみたいです。が、わたしから見ると、銀河鉄道を聴くと、逆にけっこうそれ(民族的なもの)を感じます。音色とか、リズムとか、テイストとか、たとえばトルコの音楽とか。

『銀河鉄道の夜』の音楽がいいなと思った理由の一つは、バラエティに富んだ音色やサウンドがあります。シンセを駆使していろいろな音を<世界>からあるいは<宇宙>から引き出している、それが目一杯、映画の中で弾けていて、すごく楽しい。全体としてはくぐもった音の感じもあるんだけれど、すごくカラフル。シンセによる音であることを意識させ過ぎずに、シンセで作る音楽の可能性を見せている。ジャンルというものがない音楽。ポップスでもクラシックでもない。無国籍でフラット。宮沢賢治の物語世界と重なるような。生楽器だと多分、こうはならないと思わせるような音世界。

ただ細野晴臣という音楽家は、生楽器の演奏(ベース)が始まりであり、基本なのだと思います。ハリー細野の名前でリリースした『Flying Saucer 1947』(2007年)は、カントリーのアルバムで、これも楽しくて本当に素晴らしいアルバム。日本では今も昔も「カントリー」というと、えっ???と怪訝な顔をされることが多いですが、カントリー、いいです。ネオ・フォークの旗手と言われたギリアン・ウェルチのカントリーも素敵ですし、ゴシックカントリーという新種もあって、ホリー・マクヴィのリリースされたばかりの『Time Is Foreve』はへぇ、これもカントリーなんだと感心しました。
坂本龍一が病床で、息子さんから勧められたカントリーを聴いて涙した、なんていうエピソードも聞きました。カントリー・ミュージックには、音楽の根本にあるいい部分、素朴さ、といったものを感じます。

ベースを演奏し、歌もうたう細野晴臣だからこそ、シンセでの楽曲づくりに、複雑な要素がたくさん持ち込まれるのでしょうか。音楽の幅が広いことは確かだと思います。銀河鉄道を作っていた頃、ドヴォルザークなどボヘミアの音楽をよく聴いていたとも、あるインタビューで話していました。コダーイ、フランク、チャイコフスキー、グルジエフなどの名が話にあがることもあり、でもこういった作曲家の音楽と細野氏の間に全然違和感ないです。

細野さんの音楽へのこだわりの始まりは、映画音楽だったそうで、小さな頃からたくさんの映画を見て、映画音楽に心を奪われてきたみたいです。『映画を聴きましょう』という著書に、そのあたりのことが詳しく書かれています。黒澤明監督の『用心棒』は映画音楽との衝撃的な出会いだったそうです。音楽を聴くために、立て続けに6回も映画を見にいったとか。中学生の頃の体験です。当時日本では、まだサウンドトラックというものがなかったので、こうするしかなかったと書いていました。

最後に『銀河鉄道の夜』の特別版サントラから、いくつか曲を紹介します。

Disc 1:オリジナル「晴れの日」
Disc 2:「家路 - A」(「晴れの日」別ヴァージョン)
とても印象的な曲で、好きな曲の一番にあげたいです。

Disc 1:オリジナル「星めぐり」 宮沢賢治作曲
Disc2:ハンドベル・ヴァージョン
音楽好きで、作曲もしていた賢治。こんな風にその音を耳で楽しめる幸せ。

Disc 1:オリジナル「一番のさいわい」

Disc 1:オリジナル「主よ、みもとに近づかん」 
Disc 2:「主よ、みもとに近づかん」 ノイズなしヴァージョン
オリジナルの合唱バックのノイズがたまらない、真に迫っている。タイタニック沈没時に、船の楽団によって演奏されていたと言われる曲。ノイズなしヴァージョンにも心打たれる。ソロ、女性合唱、混声合唱と歌いつがれる。

*『銀河鉄道の夜』特別版に付いているブックレットは素晴らしいです。細野晴臣が楽曲をどのように制作していたかの詳細が、音楽仲間であり、合唱などでサントラに参加している鈴木惣一郎が解説しています。(この記事を書いているうちに、ブックレットがどうしても読みたくなって、特別版を買いました)

『銀河鉄道の夜』CD 特別版・ブックレット
『銀河鉄道の夜』CD 特別版・ブックレット

配信で聴く場合も、楽曲クレジットのところがそれなりに埋められていて、楽曲や演奏で協力したコシミハル(越美晴)の名もありました。(配信ではクレジットなしも多いので)

音楽だけ聴くのもいいのですが、やはり映像と一緒に見ると、さらなる感動があります。宮沢賢治の物語世界と、細野晴臣の音の世界が最高の形で出会っているように見えます。脚本(別役実)の良さ、監督(杉井ギサブロー)の才能を強く感じます。

宮沢賢治の原作とは違い、映画ではキャラクターは猫です。ジョバンニ、カンパネルラなど、どこの国とも知れない名前を主人公がもち、文字としてはエスペラントが使われ、背景の街や家々は19世紀末のヨーロッパの絵に描かれているものとよく似ています。

『銀河鉄道の夜』DVD

蛇足:そういえば、久石譲も『銀河鉄道の夜』のタイトルのアルバムをこの映画の10年くらい後にリリースしています。まだ聴いていませんが。
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』は、演劇作品やミュージカルにも数多く展開されていて、それぞれに作曲家が音楽を提供しているようです。


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