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【連載小説】恥知らず    第11話 最終回『帰って来たヨッパライ』


おらは死んじまっただぁ、おらは死んじまっただぁ……

俺は山積していた諸問題から永久に逃れるべく、念願叶ってついに天国への階段を本格的に上り始めていた。
実に無責任だ、けしからん!と仰る殿方の怒りの声が聞えてきそうやったが、そんなん知らんがな。どうせこの世は無責任、死んだもん勝ちや。ああ、そーれ!とばかりに俺は大手を振るってめんどくさい俗世におさらばしたのであった。

俺は意気揚々と天国の入口の扉を開けた。
そこには極楽浄土、桃源郷、パラダイス、楽園が眼前に広がっていた。
「あらぁ、いらっしゃい。ゆっくりしていきなはれ。」
俺が一歩踏み入れると、ショッキングピンクの実にいやらしいランジェリーを纏ったこの上なく美しい容姿の3人の豊満なセクシーダイナマイトビーナスが妖艶な笑みを浮かべて酒瓶を抱え手招きをして俺の訪問を歓迎してくれた。下手なキャバクラや風俗店、高級ラウンジなど足元にも及ばぬまるで竜宮城のような極上の夢の楽園だ。
3人の中でも最もエロいフェロモンを撒き散らしている1人のビーナスが、俺の下半身に蛇の如くねっとり絡みついてしきりに股間をまさぐっていた。
当然、俺の股間はメリメリと音を立ててアナコンダのように肥大して、今にも我慢汁が溢れ出そうな勢いで痛いぐらいに激しく勃起していた。
俺はビーナスたちに勧められるがままに、天国の酒を飲み干していった。
「天国良いとこ一度はおいで。酒は美味いし、ねーちゃんは綺麗で。わー、わー、うわうわうわー……」
諸君、俺は今正に死んで良かった…としみじみと痛感している。
死んでも尚、美女に囲まれてハーレムを楽しめるなんて俺は正真正銘の勝ち組なんやと極上の幸せを噛み締めドヤ顔でガッツポーズを決めた。
俺は3人のビーナスたちと別室で代わる代わるたっぷり交わって、もうこれ以上出ぇへんわと己の限界までビーナスたちの豊満な身体の中へ白く濁った煩悩の液体を搾り出しぶちまけ何度となく昇天し果てていた。
貪るように何度も致した後、俺はぐったりしつつもビーナスたちと舌を絡めて互いの股間をまさぐり合いながら、下界の状況をモニター画面でぼんやり眺めていた。

令和〇年〇月〇日の早朝

兵庫県神戸市北区の有馬街道の峠道の急カーブでガードレールを破壊して谷底へ転落し大破した1台のコンパクトカーの運転席から20代位の男性の遺体が発見された。
兵庫県警の現場検証により男性は神戸市東灘区在住の会社員・九条フユヒコさん(25才)と判明。
昨夜、九条さんは鈴蘭台方面へ向かう途中の有馬街道の上りの峠道で急カーブを曲がり切れずに事故を起こし即死した模様。
司法解剖の結果、九条さんの遺体からは基準値を遥かに超える多量のアルコールが検出された為、九条さんは飲酒運転により運転操作を誤って事故を起こしたとみて更に調べを進めている。
今回の事故は飲酒運転が原因と云う事でサンテレビや神戸新聞を始めとする地元関西のメディアのみならず全国版のニュースでも報道され、世間に広く知れ渡る事となった。

神戸市中央区三宮の海岸通にある㈱栗原医療器関西支社神戸営業所のオフィスでは、営業部所属の従業員・九条フユヒコが交通事故で死亡したとの連絡を受け、てんやわんやの大騒ぎとなっていた。
飲酒運転が原因なので業務時間外で起こした事故とは云え、会社組織として社員教育の徹底がどこまでなされていたのかを問われる事となった。
一方、姫路市にある老舗の葬儀業者・九条葬儀では、九条家の次男・フユヒコの突然の訃報を知らされた長男で九条葬儀の代表取締役社長であるナツヒコが、混乱を極めながらも妻と連れ立って神戸に向かって車を走らせていた。
「親父より先にフユヒコの葬儀をやる事になるなんて……」
ナツヒコはまだ頭の中が整理出来ずにいた。

兄貴が愕然としている姿を天国のモニターから見ていた俺は、少々複雑な心持ちになっていた。
天国でのハーレム生活にすっかり現を抜かしていた俺は、改めて俺自身が巻き起こした事に端を発している下界での騒動と混乱に少しばかり懺悔の念を感じていた。
まあ、だからと云って今更リセットしてやり直せる訳でもないので、済んだ事、終わった事と気持ちを割り切って今この瞬間を目いっぱい楽しもうではないかと開き直る事にした。

俺は暇つぶしにモニターを通して映し出される下界の実況中継を更に見続けていた。
そこには同僚で金曜担当の交際相手・芦原ユミが映し出されていた。
会社の会議室にいるようだが、室内にはユミだけしかいない。
ユミはスマホで誰かしらと通話をしているが、そこで驚愕の事実を知る事となった。
「あのアホ、死んでもうたなぁ…まだまだようけ苦しめたろ思うてたんやけどな…」
ユミは誰と話してるんや?
「うん、うん、そうやで。そう、そう。ほんでな、通夜と葬儀が姫路の実家であんねんけどそこで集まろか?もちろん、うちが被害者の会の会長やから全部仕切るわ。そん時はよろしくね。ほな、また連絡するわ。」
通話を終えたユミはスマホをポケットに直して一息ついていた。そこへ、波平こと島袋係長が会議室へ入ってきた。
「あれぇ?ユミちゃん、ここにいたんやぁ。捜したでぇ。」
「あ、ゴメンなさい。ちょっと電話する用があったんよ。」
なんやこの二人のやり取りは?ユミはあんだけ波平を嫌ってたのになんで?波平はユミを抱き寄せて白昼堂々と会議室で接吻に及んでいた。ユミは嫌がる素振りもなく、身体をのけぞりいやらしいタラコ唇を半開きにして恍惚の表情を浮かべている。
「もうあかん…したくなるやん…」
「ほな、ここでするか?」
「あかんて…誰か来たらどないするんよぉ?」
なぜこの二人がデキてるんや???俺は一体なんやったんや???
「九条の通夜と葬儀はユミちゃんが出てくれるんやな?」
「うん、任しといて。ねえ、ミッチー、今日一緒にごはん行こ。」
「ええで。6時にいつもの店でええな?メシの後でさっきの続きしよ。」
「うん。ミッチー大好き。いっぱいしよ。でね、うちらもはよ結婚しよ。」
「そやな。けどこんなおっさんでほんまにええんか?」
「何云うてんのぉ…ミッチーの実家は大金持ちやし会長が親族やしね。うちもいつまでも安月給のOLなんかしてられへんさかい、はよ寿退社して一生食うに困らん生活したいねん。もちろん、元気な赤ちゃん産んで完璧な専業主婦になりまーす!」
皮肉にもユミの腹黒い、いや限りなくドス黒い本性を目の当たりにする事となった。
波平の実家の資産に目が眩んだユミは、玉の輿に乗るべく色仕掛けで波平を堕としたようである。エツコにしても同様だが女は得てして腹黒く計算高く、目的の為なら恥も外聞もかなぐり捨てて、なりふり構わず手段を選ばない貪欲な生き物なのだと改めて思い知らされた。
しかし、被害者の会とは一体なんや?
まあしかし、今の俺には関係のない話である。はっきり言ってどうでもよい。俺はこうして天国にいても女と酒に不自由しない人生を手に入れたのだ。
下界の諸君、せいぜいあくせく働いて一生懸命生きたまえ。はっはっはっ!
幽体となった俺は労働も睡眠も食事も不要な天界で、好きな時にビーナスを抱き、好きな時に酒をかっくらい悠々自適なセカンドライフを謳歌して毎日を過ごしていた。

ビーナスたちとのセックスもいいかげん飽きてきた俺は、相変わらず酒を飲みながらモニターで下界の様子を眺めていた。
そこに映し出されているのは、久しぶりに見る姫路の実家であった。
実家では俺の通夜が行われていて弔問客がひっきりなしに訪れていた。
その中にユミの姿があった。ユミは被害者の会の会長とか言っていたが、何の事なのか?そこで集まる人たちってのは誰なんや?
その答えは程なくして明らかになった。俺が関係している各曜日の女たちがぞろぞろと喪服姿で現れたのだ。しかも現役の担当者だけにとどまらず過去に担当していた女たちまで現れ、結局総勢20名にまで及んでいた。
「この度は突然の事で…お悔やみ申し上げます。」
初対面の弔問客に兄貴は少々面食らっていた。
「あ、あのぉ、失礼ですがフユヒコとはどのようなご関係で…?」
かつての木曜日を担当していた婦人警官のサユリだ。当時のサユリは既婚者だったので、俺とは不倫の関係にあった。
「以前フユヒコさんとお付き合いしてました、新開地在住の宮本サユリと申します。生前のフユヒコさんには随分とお世話になりましたので…」
「はあ、どうもわざわざお越し頂きありがとうございます。」
「実はですね、この場でこういう事を申し上げるのは非常に心苦しいのですが、私はフユヒコさんとの関係が元旦那にバレて今でも大変な思いをしてるんです。元旦那も私も明石署に勤務する警察官だったんですが、公序良俗に反するとかで私は離職する羽目になりました。更に逆上した元旦那から離婚を言い渡され多額の慰謝料と子供の養育費を請求されました。支払いに追われた私はやむを得ず福原のソープランドで働く事になったんですが、フユヒコさんが全く慰謝料を払わないので元旦那からフユヒコさんの分まで全額きっちり払えと言われ、いつまで経っても風俗業から足を洗う事が出来ずにいるんです。もう私の人生はボロボロです。この際なのでフユヒコさんに掛けられている生命保険からいくらかお支払い頂けますでしょうか?」
兄貴は絶句していた。俺は当然身に覚えのある話なので反論の余地はないのだが、今この場でする話とちゃうやろと思わずにはいられなかった。
そこへ満を持して被害者の会会長のユミが兄貴とサユリの会話に割って入ってきた。真打登場、ラスボス登場である。
「ちょっとよろしいですか?お兄様には何の罪もございませんので私としましてもサユリさん同様にこのようなお話をさせて頂くのは大変心苦しく思います。が、フユヒコさんがやらかした悪行は恋愛詐欺、結婚詐欺、重婚疑惑、横領ほう助、着服ほう助、等々数え上げたらキリがなく、これらの悪行の被害にあった女性たちが本日こちらにお越し頂いた彼女たちです。私とサユリさんは年齢がやや離れた従妹の関係になるんですが、幼少期より可愛がってもらってお世話になった実の姉のような存在のサユリさんが苦しんでいる姿を目の当たりにして決心したんです。これ以上サユリさんのような被害者を出さぬよう私が成敗したるんや、との思いで『九条フユヒコ被害者の会』を立ち上げて私が会長に就任しました。で、私は計画的に今の会社に就職してフユヒコさんを罠に嵌めるべく関係を持ちました。社内ではフユヒコさんを快く思っていない上司の協力を得られたので思いのほか私たちの復讐工作は進行しました。しかし今回の事故で突然亡くなられた事もあって少々計画に狂いが生じましたのでこの場に全員集合したんです。具体的な交渉は葬儀の後で行いたいのですがよろしいでしょうか?因みに私どもには専属の弁護士も同席させて頂きますので、あしからず。」
俺を快く思っていない上司とは、おそらく波平の事だろうと察しが付いた。
兄貴は顔面蒼白になってその場にへたり込んでしまい、義姉に付き添われ奥の間で横になって休む羽目になった。相当なショックを受けたようだ。

俺は下界で繰り広げられている一連の騒動を認識しても、やはり他人事のようにしか受け止められなかった。
そら、しゃあないやろ。俺はもう既に下界には存在してへんからな。
お前らが泣こうが喚こうが知らんがな。兄貴を始めとする親族一同には申しわけないけど、後始末はあんたらでどないかしてくれ。どうせもうじき親父も死ぬから親父の遺産と生命保険でどないかなるやろ。
と、そこへビーナス3人娘がそろって俺の前に現れた。
「フユヒコさん、天界でのセカンドライフはいかがですか?」
相変わらずビーナス3人娘はスケスケの卑猥なランジェリー姿で肉感的なダイナマイトボデイを露わにして佇んでいた。俺の股間は即座に反応していた。
「いやあ~、満足してまっせ……あかん、やりたくなったわ。するか?」
俺が中央のビーナスの巨乳に手を伸ばすと同時に、左のビーナスが何やら書面を俺に突き出した。
書面は請求書だった。生ビール、焼酎、ウイスキー、カクテル、ハイボール、チューハイ、ウォッカ、テキーラ、泡盛、チャージ料金、おさわり料金、別室使用料、ピル服用料、等々総額99999999兆円……俺に請求するとの内容だ。
「えっ!?天国では金なんかいらんやろ?どうゆう事?」
俺が状況を飲み込めずあたふたと狼狽していても、ビーナス3人娘は一向に表情を変えず更に追い討ちを掛けてきた。
「お客さん、ナメた事云うたらあきまへん。あんたここへ来てどんだけうちらとした?どんだけ酒飲んだ?うちらも慈善事業やおまへんねん。」
ビーナス3人娘は容赦なかった。俺は不覚にも場末のぼったくりバーの餌食になってしまった。
「しゃあないな、オーナー呼ぶわ。」
右のビーナスが何やら端末を操作すると、どこからともなくいかりや長介の雷様のような姿をしたいかついオーナーが現れた。
「おいーす。こいつか?無銭飲食野郎は?」
「そやねん。こいつ往生際悪いねん。しばいたろか?」
俺が諤々ブルブルと震え上がっていると、オーナーがぶっきらぼうに言い放った。
「兄ちゃんよお、払えんかったら天界から叩きだすで。どや、払うか?」
「無理です。一円も持ってないです。」
「ダメだ、こりゃ。」
オーナーが端末を操作すると、俺は一瞬にして狭い箱の中にギューギューに閉じ込められた状態の場所へと移動していた。そこは棺桶の中だった。
俺は勢いよく棺桶のふたを開けて起き上がった。
葬儀の真っ最中だった場内は一瞬にしてカオスとなった。

やがて俺は兵庫県警姫路署の刑事に連行された。
飲酒運転の容疑で懲役3年の実刑判決を受けブタ箱暮らしとなった。

服役を終えて出所するも、既にどこにも俺の居場所はなかった。
親族一同から絶縁され会社からは解雇されていた。
ユミを筆頭に関係していた全ての女どもから多額の賠償金を請求され、にっちもさっちもどうにもブルドッグな状況に陥り切羽詰まった俺は、姫路市内の悪徳闇金業者から賠償金の全額に相当する金を借りてどうにかやり過ごした。

さあて、明日から仕事や。俺はマグロの遠洋漁業で遠い海へと出航する。

俺の願いはただ一つ。何十年かかってもただひたすらがむしゃらに働いて途方もない額の借金を返済する。そして老後は穏やかに過ごしたい。ただそれだけやった。


                     完





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