見出し画像

【連載小説】 美しき愛の掟  第4章


登場人物  佐川トシオ  画家志望の青年。
      高森アミ   謎の家出少女。


天神橋筋六丁目にある8階建の雑居ビルの5階になにわエンターテインメントの事務所があった。
僕とアミが事務所に赴くと、奥から長身でがっちりした体格の40代ぐらいの中年男が現れた。派手な薄紫色のスーツに赤いネクタイ姿と『じゃりン子チエ』に出てくるテツをややマイルドにした厳つい風貌はどことなく如何わしさが漂ってまともな堅気に見えない。おそらくこの男が代表取締役の加納ジョージなのだろう。
「あ、あのう・・失礼します。先日三国でお声掛け頂いた高森アミと申します。僕は付き添いで来ました佐川と申します。」
男はアミの顔をじっくり除き込み、「ああ、あん時の・・・」とアミの事を思い出したようで途端に厳つい表情がにんまりと緩んだ。
「よう来てくれた。わざわざありがとう。わしがここの代表の加納ですわ。ところでおたくは彼女のお兄さんかな?」
「あ、いえ、僕はアミと交際しています。同棲しています。」
「なんや、彼氏さんかぁ・・・彼女をスカウトしたいんやけどええんかな?」
「はい。僕は大丈夫です。」
「アミちゃんやったかな?・・・地下アイドルやってみる?大丈夫?」
「はい。アイドルに興味あるんで私でよかったらよろしくお願いします。」
アミは不安が入り混じった表情で至極前向きな返答をした。加納の出で立ちと事務所の雰囲気から察するにやや胡散臭い心持ちがするのが否めないのと、優越感を満たしたいだけの僕の歪んだ欲望とアミが秘めている未知の可能性を見てみたい好奇心が僕とアミの行く末を案じているようだ。
僕は意を決して加納に思いのたけをぶつけた。
「あの、加納さん。今後アミをどういう風に育成していくんですか?教えて頂けますか?」
加納は僕の唐突な問い合わせに一瞬驚いていたが、僕らをソファーに座るよう促して落ち着いた口調で僕の質問に答えてくれた。
「うちの事務所には現在レッスン中の女の子があと3人おるねん。その子らとアミちゃんと4人でグループを組ませよと思うてんねん。ダンスとボイストレーニングをやってるわ。よかったらこの後レッスン見に行こか?」
「そうなんですね。ぜひ見させてください。お願いします。」
僕もアミもすっかりその気になっていた。アミは思い出したようにバッグから履歴書を出して加納に提出した。
「ほー、アミちゃんまだ17才か・・親御さんとは連絡つく?」
「いえ、ちょっと訳ありで・・・実家とは連絡取れないです・・・」
アミは表情が曇っていた。実家の話はしたくないのだろう。
「う~ん、しゃあないな。それで佐川君が保護者代わりなんやな・・・」
「はい。申し訳ないですが色々事情があって僕が身元保証人です。」
僕は自分の運転免許証を加納に提示した。すると加納は思わぬ提案をしてきた。
「佐川君は今仕事してるんか?車の運転は出来る?」
「はい。バイトですが仕事してます。免許はオートマ限定でペーパードライバーですが運転は一応できます。」
「マネージャーせえへんか?給料は今貰うてるより多めに出すわ。どない?」
僕まで加納からスカウトされるとは思いもよらなかったので僕は大いに動揺した。しかし今より給料が増えて毎日いつでもアミと一緒に過ごせるのなら悪い話ではないなと思ったので、僕は快く引き受ける事とした。
「いいですよ。ぜひやらせて下さい。」
「そうか、ほな決まりやな。ただし条件がある。佐川君とアミちゃんが付き合ってる事は表向きには一切公表せんとってくれ。他のメンバーにもやで。親戚で保護者代わりと言う事にしとってや。ええかな?」
「わかりました。」
「アミちゃんはどない?それでええかな?」
「あ・・・はい。」
アミは決断や返答を迫られる場面になるとなぜかいつもわかったようなわかってないような曖昧で優柔不断な表情と振る舞いをする癖がある。本当に真意を理解しているのだろうか?とたまに不安になってしまう。

加納の話を一通り聞き終えた僕とアミは、加納と連れ立って所属タレントである3人のアイドル候補がレッスンをしているスタジオへと赴いた。
スタジオは事務所が入っているビルの地下1階にあった。一応スタジオと称されているが、実態はリフォームで無理矢理スタジオらしく装った簡素で粗悪なテナントだ。
スタジオ内では二十歳前後と思われるジャージ姿の3人の少女がノートパソコンの画面に映し出されている某ダンスグループの動画を観ながらダンスレッスンを行っていた。3人とも似たような背格好と容姿で今一つ区別がつかない。悪い言い方をすると個性がないのだ。際立った特徴がなくとりわけ美人でもなければ不細工でもない十人並みのどこにでもいるような容姿なのだ。
「あー、ちょっとええかな?」
加納がパンパンと手を叩いて3人に呼び掛けた。加納の呼び掛けに気付いた3人のうち金髪のポニーテールでパッと見が地方都市のヤンキー少女のように鋭い眼差しをした風貌の一人の少女が動きを止めて右手で額の汗を拭いながら僕らの方を見据えて返答した。
「あっ、社長。お疲れ様です。」
「紹介するわ。今日から君らの仲間になる高森アミちゃんや。と、君らのマネージャーをやってもらう佐川トシオ君や。」
「うち、河野アカネ言うねん。よろしく。」
ヤンキー少女・アカネが名乗った後方から残る二人がのそのそと歩み寄って名乗りを上げた。セミロングの淡い茶髪に最も地味で華やかさに欠ける風貌の少女が吉岡トモミ、他の二人よりやや背が高くスレンダーで、大人びた容姿と言えば聞こえは良いが悪い言い方をすると実年齢よりも老けて見える安っぽい熟女系AV女優のような風貌の少女が湯浅レイコと名乗った。リーダ格はおそらく一番気が強そうなアカネだろう。
こうして改めて三人を並べてじっくり見てみると、何だか昭和のB級アイドルのような時代錯誤な雰囲気が漂っていて、これはこれで違う意味で面白いかもと思った。

僕らが挨拶を交わすと姉御肌のアカネが即座にリアクションを起こした。
「アミちゃんな、よろしく。わからん事あったら何でも聞いてや。」
トモミとレイコはアカネの後ろで無表情のまま僕らを見据えていた。この二人は容姿というか醸し出す雰囲気が地味過ぎて無表情に見えてしまうのだろう。
積極的で相手にぐいぐいと食い入ってくるタイプのアカネに少々気後れしているのだろうか、人見知りしがちなアミの表情は若干強張っていた。
アカネはアミの顔を覗き込んで更にこう言い放った。
「あんた、よう見たら可愛らしいウブな顔してるけど、おっぱいだけはえらい立派やなぁ・・・羨ましいわぁ・・・人気出そうやな。」
アミは途端に赤面して必死で否定した。
「えー、そんな事ないですぅぅ・・私なんて全然・・・」
アカネは面白半分にアミに絡んでみただけのようで終始ニヤニヤしていたが、アカネの後方でトモミとレイコが明らかに不機嫌な表情を露わにしているのが見て取れたので僕は思わずドン引きしてしまった。同性に向けられる女の嫉妬心は陰湿で薄気味悪い物だと痛感した。
このままアミが彼女たちの輪の中にすんなり入っていけるだろうか?と一抹の不安が頭をよぎった。

その日の夜は加納社長(今後は彼に雇われる立場になるので社長と呼ぶべきであろう)の奢りで、僕とアミと社長の3人で梅田の焼き肉店で食事会と今後の打ち合わせを行った。
僕もアミも焼き肉など随分久しく口にしてなかったので正直嬉しかった。

前途多難だが僕とアミの新たなステージが始まった。


fin


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?