映画の感想: 「Plan 75」を観て ― 老人は価値が無いのか?ー
1 初めに
この映画は大変、考えさせられる映画でした。この映画についてその内容を簡潔に紹介し、その後私の意見を述べてみます。
2 映画の紹介
2.1 監督・キャストなど
この映画は2022年制作で、監督やキャストは次の通りであります。
脚本・監督 早川千絵
キャスト 倍賞千恵子 :角谷ミチ役 磯村勇斗 :岡部ヒロム役
たかお鷹: 岡部幸夫役 河合優実 :成宮瑶子役
ステファニー・アリアン:マリア役
大方斐紗子 :牧稲子役
2.2 内容
日本は、今後ますます少子高齢化が進み、高齢者の医療や福祉のために膨大に膨れた国家財政を立て直す必要に迫られます。そのため、75歳以上の高齢者に、自ら「生死」を選択できる制度「プラン75」が、さまざまな議論の末についに実施されたという設定で映画は始まります。
この制度に申請すると、死ぬ前の一時金として十万円が支給されます。この制度への申請窓口に、市役所の職員として関わる岡部ヒロム、死ぬ直前までこの制度の対象になった老人の話を、電話で聞くコールセンターの成宮瑤子、そしてその「Plan75」の対象の老人となった角谷ミチなどが登場し、悲劇的な人間模様が展開します。
※2.1と2.2は映画のHP https://happinet-phantom.com/plan75/
を参照して書きました。
3 「自己責任論」
この映画「Plan 75」を観て、まず感じたのは、「本当にこんな時代が、近い将来来るのではないだろうか」と恐ろしくなったことです。
これから、ますます進む高齢化に伴い、医療や福祉の財政負担が大きくなり、「お金がない高齢者は、働く世代の納税者に負担をかけるだけである。そんな高齢者は自分の立場を自覚して、働いている若い世代にかかる負担を減らすために、この世界から自主的に消え去ってほしいのだが」という風潮が実際に起きても、不思議でないと思いました。
この考えは「自己責任論」に基づくものと思われます。これは次のような考え方でしょうか。「例えば、病気になって働くことができなくなるのは、日ごろから健康管理に十分気を付けていないからである。また、歳を取って生活に困窮するのは、現役時代しっかり働き、倹約につとめ、老後のために十分な貯えをしてこなかったからである。だからそんなことで困っているのは、自分たちの努力が足りないために起きたことであり、言ってみれば「自業自得」でしょう。だから、自分たちの生活を公的な支援に全面的に頼るのは、社会に対する甘えである。」
しかし、病気や老齢などが原因で結果的に生活困窮者なった人々に対して、「自業自得」であるとは言えないと思います。「自業自得」、それは冷酷な社会だと思います。
また一方では、政府や地方自治体も予算には限りがあり、生活困窮者に対して十分に公的な支援をしようとしても限度があります。解決するには難しい問題です。
4 この映画のテーマ
「今は自己責任の時代だから、お金の無い老人はもうこの世の中にいられなくても、それは仕方のないことである。こんな風潮の社会になっても良いのですか?」いう監督の想いが、この映画のテーマであり、視聴者にこの疑問を問いかけているのではないでしょうか。
「Plan 75」に対して次第に疑問を抱いていく市役所職員の岡部ヒロムとコールセンターのスタッフの成宮瑤子の存在は、いくばくかの救いを感じます。しかし、「Plan 75」に対して、「それは本人が自主的に決断したことだから、これでやむを得ないのである」と何の疑問も感じない人々が増えてきた時、お金の無い老人という存在は、小説「1984」で描かれたように、自らの意思や願いを持つことができない、まるで家畜のような存在になってしまうのではないでしょうか。
5 老人だけの問題なのか?
しかし同時に、この映画とは直接関係ありませんが、近い将来さらに深刻な全く別の事態も起こり得ると思います。
すでに事務的な手続きであれば、対話形式で作業を一つ一つ丁寧に口頭で説明し誘導するソフトもあります。そして、人と話し相手をしてくれるロボットもあります。さらには、最近話題になっているChat GPTのような「生成AI」により、事務職を始め、「弁護士」「公認会計士」「税理士」など、いわゆる多くの「士業」など多くの「高収入のホワイトカラー」の仕事は、近い将来人間が不要になると予測されています。(※参考資料参照)
そうなれば、映画の中で岡部ヒロムや成宮瑤子の役割をする人間も当然ながら不要になります。そして、この若い二人は失業者となってしまいます。
一旦失業すれば、これからの時代に合った新たな技能(スキル)を持たない人は、若者も含めて無能な人間と見なされます。そして、「自己責任論」の視点から、「仕事が見つからないのは、本人のスキルアップへの努力が足りないからだ」という冷酷な社会の風潮の中では、失業や貧困という問題は、社会の中であまり関心を寄せられこともなくなるのでしょうか。
したがって、この映画は老人だけでなく、近未来には現役世代の人々や若者にも現実として生じる「大量の失業者の時代」という深刻な問題を想起させます。
6 「脱資本主義」への道
ここに挙げた映画に展開される悲劇や深刻な問題を解決するために、少し理想論にはなりますが、私は「脱資本主義」の方向を社会として目指すべきだと思います。この考えは田坂広志『田坂広志 人類の未来を語る』を読んで、強く思うようになりました。
この本を読んで強く賛同したことを、私の理解の及ぶ範囲で述べれば、次のようになります。「資本主義」とは、一言で言えば「貨幣経済」の社会であり、人間が価値あると思うものすべてを、「貨幣」に置き換えて、人々が「貨幣」をひたすら追い求める社会であります。しかし、「価値」はすべて「貨幣」に置き換わるものではないと思います。
例えば、地震など大きな震災が起きた時、被災地の人々を少しでも支援したいと思い、多くの人々がボランティアで支援にかけつけます。この活動は「貨幣経済」重視の価値観だけでは到底説明できないからです。
また近年では、自分が投じたあらゆる「時間・努力・労力」に対して、かならずそれに見合った報酬を求める、「コスパ(cost performance)」の考えが、人々に流布し浸透してきていると思います。しかし、ボランティアの活動は、このコスパの考え方からは、到底起こり得ないものです。自分の利益は考えずに、まずは困った人を支援するのは、根底に「困った時はお互い様」の思想をボランティアの人々が持ち、その活動に「価値や意味」を見出しているからだと思われます。
このボランティアの活動で、社会の抱える問題がすべて解決するとは思えません。しかし、「貨幣経済」に換わる「困った時はお互い様」のような考え方を、具体的に生かすように、社会的な「新たな仕組み」の創造をしていくべきであると思うのです。
7 参考資料
東洋経済 ONLINE 「日本は生成AI本格導入すれば「失業率25%」になる」
https://toyokeizai.net/articles/-/701126?display=b
MONEY VOICE 「2030年、雇用の6割が「AI」に奪われる」
https://www.mag2.com/p/money/1357659
田坂広志 (2023) 『田坂広志 人類の未来を語る』 光文社
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?