あっという間に富士登山はやってきた。
一日目は富士吉田にある浅間神社にお参りしてから、バスで五合目へ。吉田ルートを登っていく。七合目で宿泊して、翌朝、山小屋でご来光を見てから、頂上へ。希望者はお鉢巡りをして、下山。八合目で宿泊。最終日に下山して、河口湖の日帰り温泉施設へ。という流れだ。

 コロナということもあり、例年よりは、登山者は少ないそう。また、頂上でのご来光を目指さないため、暗闇の中での移動はない。懐中電灯を頭に付けて登山するなんて、絶対無理だ。下は小学生、上は77歳。何回か富士山にチャレンジしたものの、失敗して、なんとか、今回は登頂したいという人も多い。富士登山の中でも、相当にゆっくりしたコースだ。当たり前だけど、移動距離が長い。六合目くらいからは、植物がほとんどなく、一気に視界が開ける。ずっと頂上が見えているように思える。すぐそこに頂上があるように思えたりするのに、歩いても歩いても距離が縮まらない。ひたすら岩と砂の道を黙々と歩く。さすがに登山中はマスクをしなくてもいいが、マスクは持ち歩く。何も喋らない。ひたすら黙って歩く。足は全く痛くないが、何しろ息が苦しい。
「高山病かも。」
とガイドさんに言うと、
「高山病ではありません。荷物が重いんです。」
とのこと。言われたとおりに荷物を減らして、ミニマムなのに、と思っていると
「実際に荷物を1キロ減らすのは大変です。必要な雨具などを減らすわけにもいかないし。」
その通りだ。
「でも、減らせるものがあります。」
と言いながら、私のぽてぽてのお腹を見る。
「あと3キロ減量してきてたら、だいぶ違いましたよ。」
そういわれて、思わず私も苦笑いする。
「いやあ、今、言われても。」
と言い返すと、他の人も笑っている。確かに皆さんスリムだ。ひょうひょうと登っている。何回か失敗して、今年こそ登頂すると、来た女性は確かに私と同じぽっちゃりだ。

急に来ることになってので、痩せる暇が無かったとか、言い訳したいのはやまやまだが、多分時間があっても痩せてない。痩せてるから登山を趣味に出来るのか、登山が趣味だから痩せているのか、羨ましい。富士山のような霊山に登って、少しは煩悩から解放されるかと思いきや、とんでもない。

宿に着くと、マスク着用。パーテーションで仕切られたテーブルで黙食。また、これも当たり前なのだが、富士山には水がないので、お風呂もシャワーもない。汗拭きシートで拭く。寝室は押し入れに寝るような感じだ。一応、男女別と謳っているが、私は、その男女別のはざまになってしまい、右は知らない女性、左は知らない男性という、なかなかスリリングな状態になった。二段になっていて、元気そうな人は上の段になる。夜中にトイレは行けないなという段を登って寝床につく。荷物は足元にということで、自分の場所を決めて、横になると、寝返りする場所もない密接度だ。左の男性もさすがに気まずいのだろう、こちらに背中を向けて寝ている。しかし、登山の疲れがどっとでたのか、結局、すぐ寝てしまった。

翌日の朝は暗いうちに起きて、身支度をして朝食をとる。夏なのにめちゃくちゃ寒い。温かいお味噌汁が身に染みる。
夜明け前に、支度を済ませ、外に出てご来光を待つ。幸いに2日連続で晴れている。遮るもののない麓の景色。足がすくむような絶景。少しずつ朝日が昇ってくる。誰に言われるでもなく、皆、その朝日に向かい手を合わせる。真っ暗だった世界に陽が射し、明るくなって、温かくなっていくのが、こんなに嬉しいとは思わなかった。宿のご主人曰く、今日は今年一番のご来光だったとのこと。姫神様たちも嬉しそうだ。

そこから、またひたすら登り、頂上へ。お鉢巡りはしなくてもいいとのこと。高所恐怖症の私には無理ですと泣きをいれたのがきいたのか。珍しくすんなり受け入れてくれた。頂上で食べるうどんの美味しいこと。感動する。今までで一番美味しいと思ったご飯は知床の地の果てホテルでの塩むすびだった。今は崩落して入れないオシンコシンの滝を上の滝つぼまで登ったあと食べて感動した。富士山の頂上のうどんは2番目としよう。

体重のせいで息が上がっていただけなので、足は元気で、下山は楽勝だった。そのまま5合目まで行けるなと思ったけど、勝手に帰るわけにもいかないので、7合目の宿に泊まった。今度はカプセルホテルみたいに部屋は分かれていたが、寝返りが打てないレベルに狭いのは変わらない。それでもコロナ対策ということで例年よりは距離をとっているそう。なにより辛かったのは、顔を布を被って寝ないといけなかったこと。お洋服を買うときに試着室で着替えるとき、顔の化粧が服につかないように被る、あの布だ。あれを付けたまま寝ろというのだ。チェックにくるので仕方なくつけるが、息苦しい。マスクをして、その布をつける必要があるのかと思いながら、つける。宿の人が居なくなって、皆、黙って、そーっと顔の布を外した。

山頂で、
「コノハナサクヤヒメ様は富士山鎮火のために、ここに飛び込んだという伝承がありますが、本当でしょうか?」
と聞いてみた。コノハナサクヤヒメ様は笑って
「そんなことするわけないじゃん。要は生贄ってことだよね。ばかばかしい。」
と一蹴された。


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