見出し画像

この間、朝日新聞は前川氏の言葉は無謬であるかのように扱い、前川氏への批判は繰り返し「人格攻撃」だと切って捨てている。前川氏と一蓮托生となったかのようである。

それにしても、何という、幼稚で悪辣な、呆れかえる物言いだろうか。
2017年07月31日
以下は前章の続きである。*~*は私。

一方でこの間、朝日新聞は加計学園問題で正義面をして安倍政権を罵倒し続けた。
朝日新聞が「スクープ」記事を掲載した五月十七日からの一ヵ月間を振り返るとー。 
「民主主義国家の当たり前の原則が掘り崩されているのではないか。そう疑わせる問題が、朝日新聞が入手した文部科学省作成の文書で明らかになった」(五月十八日付社説) 
「多くの人が怒り、疑問を抱き、もどかしく感じている」「情報公開に対する国の後ろ向きな態度は、国民主権を支える『知る権利』を脅かすものだ」(五月二十二日付社説)
「政権の姿勢は政治不信を深める以外の何物でもない」「このままほおかむりを続けることは許されない」(五月二十六日付社説)
「行政府として当然の責務を安倍政権は軽んじている。そう思わざるをえない証言や文書がこれだけ明らかになっている」(五月三十一日付社説) 
「驚き、あきれ、不信がいっそう募る」「国民の知る権利への重大な背信行為でもある」(六月六日付社説)
「政権の対応は、国民を愚弄するもの以外の何物でもなかった」(六月十日付社説)
「政権の意に沿わない人物には牙をむき出しにする」(六月十八日付社説)

*私は、朝日新聞の購読を、テレビ番組欄を見るためと朝日新聞を監視する意味で、この頃は、まだ継続していたが、この間の紙面は殆ど読んでいなかった。
それにしても、呆れかえる物言いではないか。
朝日新聞がやっている悪辣な事毎を、政府にすり替えている、この恥知らずさには、まともな頭脳を持った人間は誰もが呆れかえるだろう。*

この間、朝日新聞は前川氏の言葉は無謬であるかのように扱い、前川氏への批判は繰り返し「人格攻撃」だと切って捨てている。
前川氏と一蓮托生となったかのようである。
この稿続く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?