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究極のビビリが左卵巣腫瘍を開腹手術した話 ③

1月30日
主人にも休みを取ってもらい、車の助手席で相変わらず泣きながら検査結果を聞きに病院に向かいました。
車の中では泣きますが、院内に入る頃にはプライドの高い私を召喚させ無理矢理涙を止めます。
20分くらいでしょうか?さほど待たずに診察の時はやって来ました。
緊張しながら、入室すると先生が座っていました。何を言われるのか…私は半ば泣きそうになりながら椅子に座りました。
先生のデスクの奥の方に、卵巣癌と書いてある本が見えて動揺しました。

「先月検査した子宮頚がんの検査は陰性でした」


続けて、「CT、MRIの結果ですが左の卵巣の上の方に影が映っていました。放射線診断医の見解によると、この影は良性にも見えますが悪性にも見えるとの事でした。このような診断が難しい腫瘍の場合、境界性癌と呼びます。
卵巣癌の場合、取り出して病理に出さないと悪性か良性の判断がつかないんです」

え?待って待って。卵巣大きいから取りましょうって話じゃないの??何で?癌??
私の身体の中に癌があるって言ってるの?
思わず主人の顔を見たと思います。何とも言えない顔をしていました。

続けて「妊娠は望んでいますか?」

何て声を発したらいいか迷っていました。
そして人にどんな風に思われるかを気にするプライドなんてもうなかったかのように目からはポロポロ涙が溢れて来ました。
先生の奥に座っていた女性スタッフさんがティッシュを持って来てくれました。


「本当は、正直子供は諦めていたんです。でも、先生に両方卵巣……って12月にちょっと言わてから、本当は諦められてなかったのかな……」
そこまで声にならない声を絞り出しそれ以上言葉が出ませんでした。

「厳しい事をいうと、万が一悪性の事を考えた場合。どうしても。何が何でも、不妊治療でも何でもして、子供を望むという気持ちでないなら、右の卵巣も子宮も一緒に摘出することが望ましいです。卵巣の癌はそれくらいしつこい癌です。何となく残しておきたいと言う気持ちでは残すのは望ましくありません」

………。

私が診察室に入ってきた時に見つけたあの本を先生は取り出し、続けてこう言いました。
「ここに書いてある通り、◯◯さん(私の名前)の場合、年齢的に出産妊娠が出来ること。これはクリアしています。子供を望んでいるかいないか。これが何より大事です」と。

何も答えられずに居ると、「ご主人はどのようにお考えですか?」

「残せる物なら残してあげたいです。でも、一度左の卵巣だけを取ってお腹を閉じて、検査してやっぱり悪性だった時の妻の負担を考えると今全摘する事がいいのか、、。でも、悪性ではない可能性もあるんですよね?その場合右の卵巣と子宮をとるのって…」

「良性の場合もあります。そうですね、2回オペをするのはご本人にはだいぶ負担ではあるとは思います」

ただ、私の場合右の卵巣も腫れがある事、子宮筋腫もある事等、
色々な事を総合的に見て、もちろん可能性はゼロではないですが、残したとして妊娠の可能性は決して高い訳ではない事も伝えられました。

「今話して、今すぐ決めて下さいって無理だと思います。一回休憩しますか?」

時刻はお昼12時を回る前でした。

「一回外に出てもいいですか?」と私が聞くと

2時間くらい時間を空けましょう。と一度休憩をする事になりました。

私も主人も、もちろん食事なんてする気にはとてもなれず。とにかく、一度病院から出て外の空気が吸いたい。それくらい病院の中に居ると息が詰まる思いでした。
診察室を出ても、院内を歩いている時も、車に向かう時も涙は止まっていませんでした。

何故か海に行きたいと思いました。
車で海に向かう途中コンビニに寄り、目を冷やす為の氷と温かいカフェラテを主人にお願いしました。
主人が車から出ると、1人になり声を出して大泣きしていました。

主人が戻ってくる前に大きく深呼吸をし、気持ちを整えました。
再び海に向かいましたが、車を停めたそこは、いつも行く砂浜の海ではなく、何故か海の端の方それも何か景色が汚い所でした。

……。「何か…汚いね。笑」

チョイスを完全にミスった主人は、
「人が居ないとこの方がいいかなと思ったんだけど、うん、汚いね。いつもの所行こうか」

何だか少しだけ笑えました。

海に到着し、景色を眺めながら話をしました。
主人は、残せるなら残した方がいい気持ちもあるけど、もしも悪性だった場合。残してしまったら、何度も手術をしなきゃいけないの怖いもんね。◯◯の負担考えたら、うん、1回で元気になるのもいいかもね。と。

私は、何度も手術をする事が嫌なのではなくて(まぁ嫌ではあるが。だいぶ嫌ではあるが)
ポイントはそこではありませんでした。

数年前まで行ってた不妊治療を大きなストレスから途中で逃げ出した事。そんな私が、もう一度全力で不妊治療に向き合えるのだろうか?

それに加え、可能性はゼロではないが高くはない事。当時より年齢も重ねている事や気力や体力、経済的、全て総合して今の私には、とても不妊治療に前向きにはなれる自信がありませんでした。


それにプラスして、左卵巣を摘出して一度閉じてやっぱり悪性でした。と言われた場合、その時取らなかった事で他の臓器へ転移して進行する可能性もあるんじゃないか。という心配や何度も繰り返し出てくるしつこい癌があった場合、私死ぬ可能性あるんだよね?
その可能性に怯えるなら、今全てをなくしても、良性だった場合後悔はするかもしれないけど、自分の命を優先して今隣に居る大事な人と長く穏やかに過ごしたい。
そんな思いがありました。

私が生きていれば、元気でいれば、私たち2人の血の繋がりがある子は難しくても、まだまだ子供に関しても色んな選択肢が出来る。

何より、◯◯が不安なく元気になろう!最終的に主人はそう言ってくれました。

真冬の海辺、この日は風が強く持ってたコーヒーも一瞬で冷め、
「寒っ、行こ」
と2人で海を後にし病院に再度向かいました。


病院に着き、全摘出の方向で納得してきました。と伝えると、先生は先程と少し違う見解を話し始めました。

「ごめんなさい。私たち、医療スタッフチームがあります。チームスタッフや他の医師とも色々話しました。
そんなに悪い癌の顔に見えない部分もたしかにあるんです。難しい所ではありますが、妊娠の希望がすこしでもあるなら、とにかく左卵巣のもしかしたら悪さをする可能性がある部分を来月中旬にもすぐににオペして、しっかり病理で調べて、2段階(悪性だった場合再手術)で考えて行きませんか?
それが、今の◯◯さんにはベストなのかもしれない」と

あまりにもさっきと逆の考えで、頭がついていきませんでした。

でも、1番不安であった転移や進行みたいな事がないのか聞いた所、そこは慎重にもちろん検査等をしていくとの事。また、もしも左卵巣の手術の際、あきらかな悪性である事か分かった場合には全摘の可能性もある事。

二つ返事で、子供は望みません。と答えられなかった私たちに先生達なりにたくさん考えて出してくれた提案でした。

①左卵巣、卵管を早期に摘出手術をする事。
②摘出後、左卵巣をしっかり病理検査に出しその結果を踏まえて今後の治療方針を決めていく事。

この方向で話は纏まった。

2月15日 この日が私の左卵巣摘出の手術日に決まった。

決まれば覚悟をし手術に向かうしかないのだが、ビビリとしては、ここから手術への恐怖との戦いが始まるのでした。

続く

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