55.親の思い

 中1の夏休み、Sちゃんに旅行のお誘いを受けた。
Sちゃんのお父さんの会社が持っている社員別荘(おそらく)が軽井沢にあり、夏休みの最後に誘われた。

母に話すと
「軽井沢で過ごせるなんていいわねぇ。
是非連れて行ってもらいなさい。」
と快諾してくれた。

夏休みの宿題を終わらせて、その日を待ち望んだ。
出発当日は、学校近くのSちゃんの家に行き、Sちゃんのお父さんの車で軽井沢に向かった。
軽井沢に着いてからは、友達4人で過ごす。
Sちゃん、Hちゃん、Kちゃん、私の4人。

真夏なのにとても涼しい。
木々に囲まれた木の作りの平屋の建物。
着いてから荷物を置いて、私たちは先ず、森のように生い茂っている木々の中を散策した。

食事は、ここを管理している方が作ってくれていたような気がする。
周りをお散歩したり、ウィンドウショッピングしたり…お部屋にあるテレビを観たり…

唯一ある私の記憶は…

おそらく第二回目放送だったと思う。
畳のお部屋で、24時間テレビをみんなで観ていた。
欽ちゃんが司会のチャリティ番組。
コールセンターが映り、確かピンクの電話を前にした沢山のオペレーターのお姉さん達が並んでいた。
テレビ画面には、TEL No.がテロップで流れ、人生で起こったこと、経験したことなどのエピソードを募集していた。

Hちゃんが
「電話してみようかな」
と言い出した。

わたしは大した経験もないし、人に話すことなんて何にもないな

他の子も
「話すことなんて何にもないよ。」
と消極的。
Hちゃんだけが、ずっと電話をかけたそうにしていた。

暫くして
「電話、かけてみる。」
とHちゃんはそう言って、お部屋にある電話機の受話器をとった。
その様子を、残りの3人は黙ってその様子をじーっと見つめている。

話をしているうちに、彼女は泣き出した。
私たちは驚いたが、誰も声は出さず彼女を見守る。
聞いてはいけないような気がしてそっと部屋を出た。
誰も何も言わない。

Hちゃんのお母さんは自ら死を選んだ。
亡くなっているのを見つけたのは、彼女だった。
Hちゃんの家に遊びに行った時に、彼女のお父さんが話してくれた。
しばらくの間、彼女は感情も表さず、見ていられないほどだったと…
だから娘のわがままは全て聞いてあげたい、
いけないとわかっていても、不憫な娘のためにできることはこれしかない。
だから、お友達にもわがままを言うと思うが聞いてやってくれ、いつまでも友達でいてやってください。
彼女のお父さんは、私に頭を下げた。

お父さん、私にお願いするのはどうかと…
可哀想だとは思うけど、わがままを聞くのはどうなんだろう

と、心の中で、正直そう思った。

彼女の部屋は、先ず扉が長方形ではなく、アーチ型の可愛い扉。
全体的にピンクで統一され、ベッドもお姫様みたいな白いベッドで、ヒラヒラのベッドカバー。
そして小さめのシャンデリア。
白とグレーの毛の長いペルシャ猫が、フサフサのしっぽを振りながらゆったり歩いている。

お姫様だ〜…

24時間テレビに電話しながら泣いている彼女を見て、そんなことを思い出した。
私の想像を絶する経験を彼女はしてきた。
当時の私は、彼女の心の中がわかるわけがなく、ただ “可哀想” としか思うことができなかった。

次の年も、この軽井沢旅行に誘われた。
快く承諾して、とても楽しみにしていた。
でも、母が体調を崩し、だんだん起き上がれなくなり、寝たきりとなった。

父に旅行の話をすると、反対された。
「親が病気の時に、旅行なんてとんでもない。
断りなさい。」

Sちゃんに電話をかけた。

今、お母さんが病気で寝てて、お父さんにも旅行は行っちゃいけないって言われちゃったの。
ごめんね。

Sちゃんは
「そんなの困るよ。
どうしても行かれないの?
もう一回話してみてよ。」

父にまたお願いをする。

どうしても行ちゃダメ?

父が許可をするわけがない。
叱られた。
当然のこと。
自分でも分かってた。
でも、私は友達を失うことの方が怖かった。

またSちゃんに電話をかけた。
「分かった。
もういいよ!」
電話を切られた。
ちょっと怒っているみたいだった。
でも、どうにもできない。
父の気持ちも、母のことも分かる。
Sちゃんの気持ちもわかる。
でも、どうすることもできない。

Sちゃんは、この事を皆んなにどう話すんだろう。
嫌われちゃったな。

それ以来、誘ってもらえることはなかった。

彼女とは、高校までの6年間同じクラスだった。

…続く……🚗


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