見出し画像

『情報隠蔽国家』

デジタル監視社会が強化されつつあることをこれまでご紹介してきたスノーデン関連本などを通して知る一方、私たち国民が必要な情報を得られない状況もできつつあることを痛感するようになったところで、青木理さんの『情報隠蔽国家』を読み、日本においても法制面やそれを運用する官僚などの動きを通して、いかに情報が歪み、隠されてきたかを知ることになりました。

政権の暴走と官僚の腐敗

 この本の「文庫版あとがきにかえて」で、著者が内容をまとめているところがあるので、まずそこからとりあげます。

すべての事案に通底するのは、無茶で乱暴な「一強」政権の下、公文書管理法が「国民共有の知的資源」(第一条)と謳う公文書や公の情報を政権の都合や強弁に合わせて隠蔽し、破棄し、時には歪曲し、矮小化し、果ては改竄にまで突き進んでしまった行政官僚たちの無残な姿である。政治主導を目指す流れ自体は否定せずとも、無茶で乱暴な政権に幹部人事を牛耳られた政と官の歪みは極に達している。
一方でその政権と行政官僚組織の情報収集権限や能力を肥大化させ、同時に政権と行政官僚組織の情報をさらに強固に隠蔽する法制度が続々と整備されたことも本書で繰り返し記した。轟轟たる反対を押し切って特定秘密保護法が国会で成立したのは2013年12月。通信傍受という名の盗聴捜査を大幅拡大する通信傍受法の改定案がやはり国会で成立したのは2016年5月。ここに貫かれている政治の性向は「民は由らしむべし、知らしむべからず」。文字通り、封建時代のような有様である。

『情報隠蔽国家』

 報道関係者が委縮してきたことを、元朝日新聞記者である小笠原みどりさんの著書『監視社会の恐怖を語る』の紹介などでも取り上げましたが、官僚も同じように政権によって委縮させられてきたことについて、青木さんは次のように歎かれています。

悲しいかな、官僚にとって人事は最大関心事である。それを内閣人事局に牛耳られ、私的な会合で政権批判を口走っただけで「更迭され、あるものをあると告発しただけで権力者から公然と罵られ、果てはプライバシーを暴露される。こんな政権下で、足下の官僚たちが首相や官邸に正面からもの申せるわけがない。

『情報隠蔽国家』

 そんななかでも、たまりかねた官僚のなかからリークがたまにあって、最近では、政権中枢にいる木原誠二さんの妻の元夫の死亡をめぐる捜査を担当した佐藤誠さんが、捜査が途中で打ち切られたことを身の危険を冒しても公表されたことなどがあげられます。そういった情報をよすがに、私たちは隠されてきたものを少しずつ垣間見て、一事が万事ではないでしょうし、まじめに職務に取り組んでいる人もたくさんいるはずですが、政府や官僚組織にはびこる醜悪さを感じているのだと思います。

権力の側に吸い取られ続けている私たちの情報

 日本の報道の自由度ランキングは2010年の民主党政権下に11位まで上げたものが、2023年には68位まで下がっています。その主因とも指摘されるのが特定秘密保護法で、この法律によって特定秘密という指定をすれば、その情報が開示されることはなくなりました。政権や官僚による恣意的な運用もできる法律によって、国民の知る権利が侵されているとも言えますが、その情報が開示されなければ、どの運用が適正で恣意的かも判断できないわけで、たえず何か疑わしいという疑念につきまとわされる、とても気持ち悪い社会になってきています。
 政府や官僚は情報をださないけれども、国民の情報はどんどんすいあげられる仕組みも次々と構築されてきました。盗聴法の改正によって盗聴の範囲を窃盗や詐欺といった一般犯罪にまで拡大し、それまで義務づけられていた通信事業者の立ち会いも不要となり、捜査当局の盗み聞き、盗み見が「やり放題」になりかねない状況になったこと、警察によるGPSを使った捜査も裁判所の令状さえ取れれば、当事者が知らないまま監視ができるようになり、その利用も拡大しているといったことも取り上げられています。
 盗聴もGPSによる追跡も、犯罪に加担するようなことをしなければ、その対象とされることもないし、犯罪者を特定するために、必要なのではないかという方もおられると思うのですが、その捜査をする警察が信用できるような組織でなくなってしまっていることが問題で、だから私たちの信頼に値しない組織が権限を強化していくことで、冤罪などが発生することのほうが私には気になります。警察の腐敗の実態も本書では取り上げられていますが、ここでは触れず、別の機会に譲りたいと思います。
 冤罪に近いような話として、犯罪とは窃盗や殺人といったもので、それらで濡れ衣を着せることが起こると考える方も多いと思いますが、市民活動家などの平和的な抗議運動も政権にとって不都合だったりすると、犯罪の一種に仕立てられてしまう可能性のある共謀罪が2017年に成立していて、青木さんは以下のように記されています。

起きてもいない犯罪の「話し合い」や「合意」を取り締まろうというのだから、当局が「危険」で「怪しい」とにらんだ人物、団体、組織の動向監視は欠かせない。(中略)それを取り締まる以上、「危険」で「怪しい」連中の日常的な監視に加え、盗聴や通信傍受、果ては密室盗聴といった捜査手段が必要になる。でなければ、「共謀」の立証など現実的に不可能。(中略)政府や当局が人びとの内心や思想を監視し、起きてもいない犯罪の「共謀」を取り締まるようになれば、まずは政府や当局が気に食わない市民的な活動がターゲットとされる。たとえば沖縄での米軍基地反対運動、各地での反原発運動の参加者を抑え込むための格好のアイテムになる。かつて国会前のデモを「テロ」」扱いした政権幹部もいた。社会の多様性や健全な批判機能が壊死すれば、いずれその刃はすべての人に突き刺さる。

『情報隠蔽国家』

 共謀罪によって市民活動家なども監視の対象とされる可能性がでてきたわけですが、もっと広く国民の情報を集める制度もできています。広くという点では、マイナンバー制が最も包括的に国民の情報を集める土台となっていて、それよりも対象を絞った情報収集手段として、まずは特定秘密保護法の適性調査が挙げられ、その調査項目を青木さんは以下のように記述されています。

前科前歴、交友関係や政治活動歴。精神疾患などの病歴。酒癖。借金を含む経済状況。さらには実の父母や義理の父母、兄弟、子ども、事実婚を含む配偶者・同居人の氏名、住所、生年月日、国籍・・・およそあらゆるプライバシー情報が対象となり、家族や配偶者の国籍までが調べられる。

『情報隠蔽国家』

 特定秘密保護法は国家レベルの秘密に関するもので、その適正調査の対象となるのは官僚が多いのでしょうが、身内の人も調べられるとなると、一般国民も知らないうちに調査対象となっている可能性もあるわけです。そして今、国家ではなく民間レベルで経済安全保障などにかかわる人たちを対象に、同じような身辺調査がされるセキュリティクリアランス法案が審議されていています。
 適正調査の輪が広がるという点では、2021年6月に成立した重要土地規制法も、その傾向を助長するものとなります。米軍や自衛隊の基地といった「重要施設」の周辺約一キロメートルの範囲などを「注視区域」や「特別注視区域」に指定し、その区域内の住民などの情報収集ができる法律です。この最大の問題は「重要施設」とはいったい何かといったことが条文で明確に定義されておらず、いずれも今後の政令などに委ねられている点です。ここでも、政権や官僚による恣意的な運用が可能な法律となっていて、軍事施設だけでなく原発なども「重要施設」に指定される可能性があり、そうするとそこで反対運動などをしている人の身辺調査が合法的にでき、さらには共謀罪をちらつかせて反対運動を抑え込んでいくといったことになるのかもしれません。

民主主義の腐敗と未来の世代への背信

 官僚機構が自らの存在理由を模索していくなかで権限を拡大することにより、さらには新たな法律や制度が導入されることで、監視社会への傾斜が強まっていることを感じます。民主主義国家であるにもかかわらず、政府は私たちの情報を握っているけれども、私たちは彼らが何をしているか知らないという状況が悪化していくことが予想されます。
 正しい情報を得られないなかで、民主主義はますます機能不全に陥っていきそうですが、これは私たち世代だけの問題ではなく、未来の世代に対する背信でもあるという青木さんの言葉を最後に取り上げて終わります。

公文書類は、国の歴史を刻む貴重な知的資料でもあり、それを適切に作成し、管理・保管し、必要に応じて公開する手続きを踏まねば、成功した出来事にせよ失敗した出来事にせよ、後世に正確な歴史も教訓も残すことができない。だから時の政権の都合や行政官らの忖度によって公文書類を隠蔽したり、ましてや破棄したりねじ曲げたりするのは、歴史に対する背信行為であり、最終的には民主主義をどんどんと根腐れさせる。

『情報隠蔽国家』

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?