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【ショートストーリー】シルバーリング

ケーキ屋さんに併設されたこのカフェは、チェーン店やコンビニのコーヒーに慣れている僕にはちょっと敷居が高かった。あなたがここを指定してくれて、あなたと一緒だから入ることができます。
「あちらでいい?」
広い店内の奥まった席をあなたは指定した。平日の昼下がり。さして人は多くない。それでもあなたはそんな席を選んだ。
「ブレンドとミルクティーを」
あなたは僕の分まで注文をしてくれた。二人で会うときはいつもそうしてくれる。僕がこんな場に慣れていないことを承知していて、僕に気を使ってくれているのだ。嬉しく思う反面ちょっとだけもどかしい。その気遣いは僕への愛情からではないからだ。
「お待たせしました。」
運ばれてきたブレンドコーヒーとミルクティー。あなたはミルクティーのカップを取り、そっと左手を添えた。思わず見とれてしまうほど優雅な一連の動作。次の瞬間、心が冷える。左手の薬指に光るシルバーのリング。その冷たい光が僕に告げる。
『これ以上は近づかないで。』

あなたはいつも僕を呼び出す。だけど僕からあなたに連絡することはできない。主導権はいつもあなたの方にあるから、僕はあなたからの連絡を待つしかない。それが現実だった。
会えるだけで嬉しい。どんなあいまいな関係であっても。だけど本当は聞きたいんだ。
「あなたはどうして僕を呼び出すの?どうして僕といるの?」
分かっている。あなたは僕を愛していない。なのに僕を必要とする理由が知りたい。だけどそれを聞いたらもう会えなくなることも分かっていた。
僕はあなたの求めに応じて会いに行く。こんなあいまいな関係、辞めてしまいたいのに辞められない。あなたを愛しているから…。

見つめ返すあなたの視線を少し外し、僕はコーヒーを口に含んだ。なんだか今日のコーヒーはいつも以上に苦い気がした。


↓の作品の「僕」のお話です。

マガジンも作成しました。
ショートストーリーを作りながら大きな流れを作れるようにしようと思っています。

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