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地下鉄調達人

地下鉄に乗っていた。
それらしき人を見かけたので、このときとばかりに眠りこけることにした。
それらしき人、というのは地下鉄町調達人のことである。

地下鉄調達人は、うわさでは地下鉄なのに黒いサングラスをしてるとか、夏でもマフラーを巻いているとか、シークレットブーツを履いているとかいうが、自分の周りにほんとうに調達された人がいないので定かではない。

調達人は、地下鉄で眠りこけている人をさらって、地下鉄町の住人にしてしまう。
とはいえ、さらわれた人はみんな十日で戻ってくるということだ。
地下鉄町は地下鉄の壁の抜け穴のさらに奥にあるらしいが、その穴がどこにあるのかはわからない。

およそ、百人くらいの人が暮らしているらしい。
小さなデパートのような町で、食事は思い思いに食堂でとり、昼間は本屋で立ち読みをしたり、スポーツ売り場のバットを持って屋上で野球をしたり、ベンチで居眠りをして寝具売り場で眠るということだ。

問題は風呂がないことだが、地下鉄町の人たちは地下鉄に乗って銭湯に行く。最近東京も銭湯が激減しているので、困っているという話も聞く。夏ならば屋上で行水もできるが、冬場は寒いし、町の人口もだんだん減ってきて、調達人は地下鉄から乗客を一人、また一人とさらう。

とは言え、ほんとうにさらうわけにもいかないので、十日経つとまた眠っているところを地下鉄にかえすのだ。
さらわれた本人は、町にいたときのことをほとんど忘れている。
十日たったら必ず帰れると言われていた、覚えてないけど地下鉄町もわりといいところだと人は言う。

地下鉄町の住人に言い含められているのかしらん。
そんなところならいちど行ってみたいのだけれど、いくら眠りこけてもちっともさらわれないのだ。


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