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はじまりもなく おわりもなく まんなかばかりが

 黒部、立山の「天空ツアー」からの帰りでした。富山で神通川を撮影したり、のんびりしていたとき。マザーミワが、とつぜん言いだしたのです。「台風が来ますから、早く逃げ帰ってください」。スマホで天気予報を調べると、「台風9号の今後の進路予想は日本海の方向に移動し、午後にも北陸地方に最接近」とのこと。急がなくては。

 愉快な4人の仲間は、運転しているマザーミワが60歳台です。助手席のA子さんは昨年還暦で、そのなかまいり。産婦人科で食事の仕事をしています。後部座席のB子さんは看護師の40歳台。わたしは前の日に75歳になったばかりです。

 台風に追われている気分で、少しあせり気味です。いい天気のなか、すいている北陸自動車道を快調に走っていきます。緊張がほぐれたころ、A子さんが話しはじめたのです。
「高校生のころ、通学の途中に不思議なお店があったの。〔はじまりもなく おわりもなく まんなかばかりが あとからあとからつづく〕という名前で、何の店だったのだろう」

 同乗していたみんなは、わぁ~と言ってから、しばらく声がありません。それにしても40年も前のことをよく覚えているな。よほど印象深かったのでしょう。B子さんが、「カフェかな」と反応しました。いやいや、そのころそのようなおしゃれな店はなかった。喫茶店にちがいない。それも亭主は人生を深く考えている哲学系の初老の男性か。コーヒーというより、珈琲を自分で焙煎(ロースト)してネル・ドリップ方式で本格的に入れるような。古代ギリシャ哲学者・ソクラテスが好きで、「汝(なんじ)自身を知れ」、「生きるために食べよ、食べるために生きるな」など彼の言葉について客と議論をしたのかもしれない。

 たしかに人生は、生まれたときがはじめで、死ぬときはおわりです。でも、どちらも自分では知ることはできない。生きるとは、毎日毎日まんなかばかりが、あとからあとからつづいていく。そうかもしれない。言葉の深い意味に感じ入っていました。

 「あっ、そのお店は長浜(琵琶湖の北)にあったのよ」と、スマホを見ていたB子さんが言いだしました。工藤直子さんという人が命名者ですって。「はじまりもなく おわりもなく あとからあとからつづく恋の物語」という喫茶店で、数年の営業だったそうよ。

「恋の物語」と聞いて女性たちはえ~っと声をあげ、それから笑いました。思いあたるふしがあったのだろうか。恋ははじまりがあり、恋愛に発展し、やがておわりがくる。でも、待てよ。熱い最中なら、それはあとからあとからつづいていく。いつはじまったのか、おわるのか。もうそれすら、分からない。

 帰って調べてみると、工藤直子さんは、詩人、童話作家でした。そこは彼女の古い友人がやっていた長浜でも知られた喫茶店だったそうです。コメントがありました。
「!!!!!!!こんな名前の店があったというだけで、この町に潜む面妖(めんよう)さが浮かび上がるではないか。唯一残っている紙箱マッチを見た若い女子たちはキュートな昭和なデザインに、くすぐられるようで、幻の不思議な喫茶店のことを、あれこれ妄想してしまうらしい」

 車内はこの話題でもちきりで、台風が迫っていることなどすっかり忘れていて。しばし異次元の世界に遊んでいました。いちどだけ豪雨にあいましたが、ぶじに帰れました。

追伸:それにしても、面妖という言葉は、使ったことがない。不思議なこと、奇妙なこと、という意味です。すると、この「天空ツアー」も面妖なツアーになるのでしょうか。

あなたが幸せでありますように 
琵琶湖のほとりの草庵にて
#エッセー #物語 #天空ツアー #ソクラテス
#地球暦

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