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東京 - なんでコンドーム自販機を巡ってるのか分からない6

コンドーム自販機を巡ろうと決めた時、私は東京を中心に巡ると決めた。それは今も揺るがない。あくまでも東京が中心だ。

子どもの頃から出かける場所は東京ばかりだった。銀座、新宿、池袋、渋谷。山手線沿線が、子どもの頃の東京の全て。狭い範囲だが当時、東京に連れて行ってもらえる子どもは少なく、誰に話す訳でもないが、私は得意になっていた。
私を東京に連れ出すのはいつも母で、母は東京で日々の生活からの解放とその自由を味わっていた。2ヶ月に1度ぐらいの割合で、私達はお洒落をし東京へ出かけた。ウインドウショッピングをしたり、流行りの服を買ったり、輸入食材を買ったり。東京は普段とは違う場所、華やかな場所、晴れの場所だった。

一方で生活の場は、ころころ変わった。私は父の仕事の都合で生まれてから、小学校低学年までの間に引っ越しを繰り返していた。一時東海地方にもいたが、都内近郊を点々としていて、結局東京に行ける範囲に住んでいた。
そんな状況もあって、私には地元と呼べる場所がなかった。最後に引っ越しした街で長く暮らしたが、そこが地元かと言われると、それほどの愛着がなかった。
ころころ変わる生活の場で、母と私は東京に通い続け、地元がないと言うよりも、ここよりも東京の方が良いと思い込み、地元に目を向けなかった。またここに居ながら、遠くを見てるような人間に、地元の友達が出来るはずもなかった。
地に足がつかない根無し草。根無し草のくせに、今いるここを馬鹿にする。それが私だった。

そんなに東京にこだわるなら、住めばいいのかもしれないが、今まで1度も住んだことは無い。家賃が高いとか、物価が高いとかは言い訳で、住むほど東京に深く関わりたいと思っていない。出かける場所として長く東京と関わってきたから、東京は楽しいと同時に疲れる場所でもあるのだ。

ではなぜ自販機巡りは東京中心としたのか。私が1番長く関わってきた街はやっぱり東京だ。中学を卒業して、高校は東京へ通った。大学は東京から離れて、ものすごく息苦しかった。職場は東京が多く、今も東京に通っている。
根無し草はどんなに東京に通っても、根を張ることは出来ないのに、華やかな東京、晴れの東京で、自販機を巡り、私独自の目線で東京に関わっていると自己顕示欲と承認欲求を満たしたかったのかもしれない。根無し草だからこそ、人とは違うと勘違いしていかないと生きていけなかった。

だけど一人暮らしを始めてから、今暮らしている街を地元と思えるようになってきた。食品を安く買えるスーパーが何件かあったり、大きな100円ショップ何件かあったりで、買い物には困らない。
また徒歩で行ける範囲に大きな公園があり、週末にはウオーキングがてら出かけて、お気に入りの場所でぼんやりしながら、コンビニで買ったコーヒーを飲みながら思う存分ぼんやりできる。
私は確実にここで生活をし、安らぎも得ている。
それでも東京への関わりを捨てられない。私は根っからのミーハーで、話題の中心にいたいと、どうしても東京にしがみつきたいのだ。

自販機を巡って東京の駅から駅へ。東京は、たいがいの駅に馴染みの飲食店やスーパーのチェーン店があって、気楽に歩ける。
東京に暮らす人々の間をぬって、私だけの目的地を目指し、写真を撮る。駅に戻って、東京以外にもどこにでもあるチェーン店でサンドイッチを頬張る。これが東京か言われれば、全く東京らしくはないのだが、そんな事で私の自己顕示欲も承認欲求も大人しくなるのだ。だって、ここが東京だから。

photomemo:池袋の賑やかな場所にある自販機。都会のど真ん中にある!って感じの場所にあります。

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