おっさんずラブの個人的考察というかネットニュースを読んで思ったこと

おっさんずラブにハマりまくっています。毎週友達と実況しながら放送を楽しんでいます。

 先日ネットニュースで、「おっさんずラブは10代20代のLGBTに対して抵抗感がない層に刺さっていて、ちずという30代女性キャラのLGBTに関するリアクションが自然だから共感して観れる」という考察を読み、個人的に「……全然ちげえよ、その考察!!!!」と思ったのでここに個人的見解を書こうと思います。

まずちずという、主人公春田に想いを寄せる30代女性キャラクターですが、このキャラクターは一人だけ浮いています。正直、作品内容に別に必要ではないが、民放でやるから社会問題を取り扱ったコメディーに落とし込むために一応入っているキャラクターなんだろうな、というイメージで見ています。ですので、この手の作品が好きな熱心な視聴者が同一視するキャラクターでは全くないでしょう。

なぜかというと、ちずは一人だけ「少女漫画ライン」をいくキャラクターだからです。そもそもですが、「少女漫画」と「男性しか出てこない作品※BL含む」のファンはマインドがかなり違う、というのが私の見解です。

少女漫画……夢女子的発想。「自分の本当の気持ちを汲み取って欲しい、というロマンを男性キャラクターに求める」

男性しか出てこない作品※BL含む……そこに自分はいない。また自分を傷つけるような「女性性」の強いキャラクターも存在しないので安心して読める。

というマインドの違いがあるのではないかと思います。

 小さい頃から感じている「女性性ヒエラルキー」的なものが関与しない男性キャラしか出てこない作品やBL作品は「読み手の劣等感をくすぐるような女性キャラ」が恋愛に絡んで来ません。

 ちずのキャラクターは明るくてさっぱりしていて、性格もいいので特に「女が嫌いな女」ではないですが、やはり春田に告白したり、告白する際に男受けしそうなワンピースを着たり、好きな男性に可愛いと思われたいと思うピュアさ≒「あざとさ」が目立ちます。なぜ、好きな男性に可愛いと思われたいと思うピュアさが「あざとさ」とニアリーイコールになるのかというと、それが似合うからです。可愛く着飾れる能力とでもいいましょうか。つまりは様になるので「女性性としての優位さ」を見せつけられているような気になるのです。

ネットで読んだLGBTに対して抵抗がない世代だからという考察にはこの「男性キャラクターしか出てこない作品」にそもそも昔から需要がある。という前提が一切抜け落ちていたため「女性が共感するのは女性キャラ」というステレオタイプな意見になったのではないか、と思いました。少女漫画はどちらかといえば「いいなーこんな男の子が身近にいたら!」と主人公と自己同一化を図りときめきを楽しむ恋愛作品が多いかもしれませんが、それとは全く楽しみ方が違うのであり、鑑賞美につき、さらにコメディーラインで楽しめる作品なので指示を受けているのだと思います。


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原田まりる

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