見出し画像

らしさのくるしさ

「Aさん(私)って恋人はいるの?」
会社の宴会での席、以前から気になっていた女性社員、Bさんが私にストレートにも聞いてきた。私は決めつけられることが非常に嫌いだ。だから、「彼氏」でも「彼女」でもない、「恋人」という表現は、いささか心地良かった。質問は直球過ぎるくらい直球だけれど、やはりBさんは素敵な方だ。
「恋人なんていないよ。Bさんは?」
内心ドキドキしながら、聞き返してみた。彼女に恋人がいるかどうかで、私の今後の仕事のモチベーションが変わる気さえした。おそらくいるのだろう。
「一緒だね!私もいないんだー。もうずっといない。欲しいとは思っているんだけどね」
少し恥ずかしそうに、照れ笑いするBさん。笑った時に目の下にできるシワもえくぼも愛嬌があって魅力的だ。彼女の優しい内面を表出させているようにも思える。まさしく天使だ。
「へえ、まじか。意外だね。Bさんならすぐできそうなのに。」
Bさんが恋バナしてる、と横からすかさず話に入ってくる男性社員C。こいつはデリカシーも教養もなく、私がもっとも苦手とする類の人種だ。結構飲んだのだろう。赤らめ顔がいつも以上に下品さを増している。それに非常に酒臭い。体臭のきつさと相まって、狂気すら覚える。不快だ。
「どうしていないのさ?」
うっとり半目で、Bさんを見つめ、尋ねるC。絵に描いたような、いやらしい目つきだった。返答に窮し、苦笑いで返すBさん。
大学の法学部在籍時、刑法こそちゃんと学ばなかったが、Cはこの段階でなんらかの犯罪に抵触している気がした。罪状はともかく、セクハラでコンプライアンスアウトだ。
「仕事でなかなか時間が取れないですし、出会いもなかなかないですもんね」
自分なりに助け舟を差し出してみる。気になっている人の困惑している姿はというものは痛々しい。
「出会いがないなんて本当か?今の時代、スマホひとつで出会えることくらい俺でも知っているよ」
少しムキになって、声を荒げるC。唾が飛んできたが、その事に気づいている様子は全く見られない。呆れてしまった。だけど、矛先が私の方に向くのがわかって、安心した。ひとまず作戦成功だ。
「出会えるにしても、知らない人と会うって怖いんじゃないかなって思います。特に女の子からしたら。だから結局出会いがないのと同じなんですよ」
自分達の話をしているというのに、思いの外、客観的に話している自分がいて驚いた。真向かいで、うんうんと小さく頷いてくれるBさん。微笑みながら、口パクでありがとうと言っている。彼女に好きと言える日がいつか来るのだろうか?この笑顔を横目に眠れたらどんなに幸せなんだろう、不謹慎ながらそんなことを考えてしまった。
「そうは言っても、出会っても相手にされないんだけなんじゃないの?彼氏が欲しいなら、Aさんもさ、女の子なんだからもっと女の子らしくしたらどうだい?髪型といい、振る舞いといいまるで男だよ、君」
再び悪態をつくC。

私はそっと席を立ち、宴会場を後にした。
もういい。
私は決めつけられることが非常に嫌いだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?