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【暗がりとその中で】

「どこまでいっても不公平だなあ。人生って。なんでわたしなんだろう」
真っ暗然とした部屋の片隅で、瞳いっぱいに涙を浮かべ、小さくつぶやく美咲。就職活動に失敗し、就職浪人が決まったという。返す言葉が見つからず、彼女の手をそっとにぎりしめる誠。差し伸べた手を握り返す力もなく、依然と部屋の片隅ですすり泣く美咲。
「奨学金の返済の為にバイトだって平日も土日も頑張って来たし、大学での勉強だって真面目にやったのに・・・・・・他の子のようにサークルなんて入って遊ぶこともなかったのに。なんでわたしなんだろう」宙を一点に見つめて、再び小さくつぶやく。声は途中途中かすれていて、今にも消え入りそうな印象を覚える。昨日一人で、泣き叫んだのかもしれないし、一睡もしていないのかもしれない。誠はもう一度手をにぎりしめた。さっきよりも強く。やはり、彼の手を握り返さなかった。
「仕方がないよ。合う会社にたまたま出会えなかったんだよ。もしくはね、美咲の魅力に気づいてくれる会社がなかったんだよ。それだけの話だよ」
微笑み、語りかける誠。そんな誠の笑みとは裏腹に、ムスッとした表情で彼に向き直り、きっと睨む美咲。
「そんなわけないじゃん!あたしだってそう言う風に、ずっと自分に言い聞かせてきた!前向きになれるように、暗示をかけようにと何度も何度もね!就活中だって!でもダメだった・・・・・・」
声を荒げ、まくしたてるように言い終えると、再び嗚咽を漏らし、うつむく美咲。さっきとは打って変わって声は大きかったが、やはり所々枯れていた。誠は何か言いかけて、目を逸らした。今言うべきことじゃない。
「あたしね、ずっといろんなこと我慢して来たの・・・・・・家庭環境だって言い訳にしなかったし、大学の授業だって全部でたしね、良い高校に入るだけの勉強だってした。アルバイトだって時給の高いけど、厳しいバイトを選んで身を粉にして働いて、サークルだって入らずに真面目に学生生活を過ごして来たんだよ」と泣きながらも、先ほどと同じ御託を並べる美咲。苛立ちを覚え、そっと彼女の手を放す誠。やはり言おう、覚悟は決まっていた。
「今すでに言い訳してるじゃんか。俺は就職浪人だってできないくらいね、家庭環境だって厳しい。だから志望企業に受からなくても落ちた理由を常に分析して自分を見つめて、内定がで続けるまで、とにかく動き続けた。でもな、美咲と来たら、自分の好きなところ、超大手にしか受けなくて、しかも受からなくて、その理由すら考えず、文句を言っているだけじゃ無いか。全部落ちる確率が高いことくらいわかってたことじゃないか。」
言い終えると、今度は宙ではなく、一点に誠を見つめる美咲がいた。さらに目を見開き、睨み据える。瞳孔は完全に開いていた。彼以外がこの世に存在しない、あるいは見えないかのように焦点を定めている。
「なんだよ、言いたいことがあるなら・・・・・」
言葉を遮るように、誠の腹部を鋭い刃が貫いた。彼女の方を見ながら、そのままその場に倒れこんだ。立ち上がり、彼を見下ろす美咲。
「正論ばかりのクソ野郎が!」
腹部に刺した包丁を引き抜き、そのまま刃先についた血をぺろりと舐める美咲。彼の方に笑みを投げる。誠は抵抗することもなく、依然と倒れこんでいた。意識はもう無いようだった。
その様子を見て、満面の笑みを浮かべ、気が狂ったように、笑い出す美咲。甲高い笑い声が部屋中を伝う。その声はやはりかすれていた。


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