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大仏開眼への道9~無知から広がる院内感染

三度目の緊急事態宣言の最中、2021年4月。私は脳梗塞の疑いで検査入院をしました。
後に脳梗塞は完全に否定されたのですが、この時の入院で目に見えない感染症がいかにして拡大していくのか、その恐ろしさを思い知らされました。

病院の感染防止策は厳重で、まず入院前に受けたPCR検査と抗原検査は当然陰性でしたが、後で感染が発覚した場合でも被害を最小限に食い止めるためだとして、人数の少ない四人部屋を指定されました。
看護師や医師は、自らが患者間に感染症を媒介することがあってはならないと、徹底した消毒を行って見えない敵と闘っています。

私は四人部屋のベッドに荷物を置いて入院着に着替え終わるとすぐに、カーテンが突然開いて訪問者が二人顔をのぞかせました。
「こんにちは 窓際ベッドいいわね~ここ空いたら移りたいってずっと言ってたのよ」
「よろしくね、お名前、難しい漢字だけど何てお読みしたらいいのかしら」
それは同室の患者でした。
私は看護師から病室に名前を表示してもよいか尋ねられた時に
「特にかまいませんよプライバシー云々で困ることもないでしょうし」
と答えたことを後悔しました。
マスクはしているものの、べらべら大声で話し続ける二人。知りたくもない同室3人のプライバシーがあっという間にわかりました。4人部屋の入り口側から
患者1:佐賀出身80代の専業主婦 腸閉塞で車いす 
患者2:霧島出身70代 専業主婦大腸ポリープ手術 肺がん治療中  
患者3:千葉出身80代女性 専業主婦 胃と肝臓のがん癒着で化学療法治療中 

彼女たちを仮に出身地名で呼ぶことにしましょう。問題は霧島さんと千葉さんの二人。
最初の挨拶のみならず何度もベッドエリアのカーテンを勝手に開け、さらに一歩内側まで踏み込んで話しかけてくるのです。
「検査いっぱいで大変ね」
「前の手術もここ?」
「お住まいどこ?うちは〇〇で完全二世帯住宅でね玄関も別なの」
「結婚しているの?仕事は?」
医師の回診の内容が聞こえてしまうのは仕方がないけれど、病歴や治療内容にまで容赦なく質問は及びました。
すぐに閉口して
「カーテン閉めて」といったら
「具合悪いの?大丈夫かしら」と言いながら去りました。
具合良ければ入院はしませんがね。
あとで霧島さんに呼び止められ
「うるさくてごめんね私達ずっとおしゃべりしててさ、でもね年上の人のいうことはあとで絶対に役に立つから聞いておくものよ」
そう言って、私の肩にトンッと手をかけたのです。
私の怒りは頂点に達しました。
プライバシーを守れない、それは感染も防止できないことにつながります。
手洗い、うがい、ソーシャルディスタンス、大声でしゃべらない。これが病室内部で何一つ守られていない恐怖。

私は看護師の係長にカーテンの内側にまで踏み込んでくる彼女たちの行動を話しました。
看護師がどれほど感染症対策をしても患者同士がここまで無知だと感染防止策は何の意味もないと訴えると、係長は怒りに震えていました。

その日、霧島さんと千葉さんの2人は看護師から厳重注意を受けたらしく、少し私に気兼ねする様子を見せながらもお互いのベッドエリアに入り込んだり、寝たままカーテン越しに話したり、食事しながらもしゃべり続けていました。

深夜、看護師が慌ただしく病室に出入りする気配で目が覚めました。
霧島さんがトイレで突然倒れて嘔吐したらしく、39度以上の発熱があるようです。

駆けつけた医師は
「大腸ポリープ手術の後は安定していたはずなのにおかしいな 感染症か」
発熱と嘔吐、感染症の疑いで病室内は騒然となりました。

血液検査の結果はコロナ以外の感染症だったようですが霧島さんとずっとおしゃべりをしていた千葉さんも、がん治療で免疫力が低下しているので感染する危険は高いでしょう。
医師が霧島さんに「この病棟以外、一般外来のエリアとか出歩きましたか」と聞くと
「一階のコンビニ行きました」と苦しそうに答えました。
霧島さんは他の病棟のデイルームでテレビを見てきたとか、新生児室を覗いてきたけどかわいかったなどと話していました。
他の病棟や一般外来エリアとの動線は極力交わらないようにしてあるのに、探検して来ると言ってふらふら出歩かれては感染症対策など何の効果もなくなってしまいます。
他の患者に、新生児にも危険が及ぶのです。

私は同じ病室で逃げ場がないまま、窓を全開でマスクを二重にして、感染の恐怖に包まれた夜が明けるのを待ちました。
看護師の努力を踏みにじる患者の無知にはどう対処すればよいのでしょうか。
答えはないと思います。
霧島さんと千葉さんは、テレビで放送していた新型コロナウイルスの感染防止策や専門家の話、感染者数の増減まで詳しく覚えていて、二人でよく話していました。
いくら知識を取り入れても、自分の行動に当てはめて思考出来ない人はいるのです。
こうして感染症は広がるのです。

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