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私の「コミュニティ運営の1年間」全て

はじめてオンラインサロンに入ったのは、4年くらい前。仕事と育児のかたわら趣味で始めたブログですが、もっと上手になりたいのでブログを書くコミュニティに入りました。ブログ運営にはワードプレスの設定やWEBデザインの領域もあるし、SEOのテクニックもある。だけど私が一番好きなのはただ「書く」ことだと気づいたので、このコミュニティに在籍しているときにライターになりました。

ライターの仕事をしているうちに、編集や本作りに興味を持つようになりました。地方で、主婦で、子持ちの私。下の子は幼稚園に入ったばかりだし、家族との時間も確保しつつ編集のことを知れる場所はないかなと思い始めた矢先に出会ったのが箕輪編集室でした。



箕輪さんのことはそんなに知らなかったけど、サロンメンバーとして彼の作る本の裏側を知れるのは心地よくて、わくわくしました。「ああ、本ってこうやって作り、こうやって売るのか」と。入ってすぐ電子書籍を作るプロジェクトでリーダーをやりました。でも作ったことに満足してしまいました。セールスには全く満足はしていないのに。

その後は箕輪編集室に在籍はしていたものの、これと言って特になにもせず。みの編の11月の定例会、ずっと気になっていた編集者の柿内さんがゲストだったから「これは生で聞いておきたい」と思い東京に行きました。この時はじめて今の運営チームである柴山さん、池田さんに会いました。横では箕輪さんが誰かと打ち合わせしていて、別のテーブルでは初期の箕輪大陸チームが打ち合わせしていたなぁ。自分が失ってしまったサロンへの情熱を肌で感じて、心密かにいいなと思っていました。

その後、友人であり仕事でお世話になっているNASUの前田さんと一緒に箕輪さんの会社のホームページを制作することに。私の役割はライティングというより、膨大な情報収拾と情報整理。当時箕輪さんの本の一覧や体系だった情報が書いてある場所はまだなくて、そこを担う場所を目指しました。箕輪さんがツイッターを始めた日から全てのツイートを見て彼の仕事ぶりを知りました。印象的だったのは『多動力』が出てすぐの時、箕輪さんはとにかく精力的に『多動力』のプロモーションをしていました。テレビで本が紹介されたらすぐに堀江さんに報告。増刷したら、またすぐに堀江さんに報告。単純にお知らせしているというのもあるんだろうけど、著者と伴走して、売れた喜びを心から表現しているように見えました。こういう姿を見て、本当の意味で編集者 箕輪厚介さんのことが気になるようになったのかもしれません。

その頃の箕輪編集室はといえば、ライターチームや箕輪大陸の動きがまぶしく、彼らの活躍を見て憧れはあったものの、自分にはできる気がしませんでした。でもやっぱりこの流れは意識していて「数をこなさなきゃダメだ」と思っていました。だからこの頃は個人で5ヶ月くらいnoteをほぼ毎日更新していたんです。発信することで、新たな仕事にも繋がりました。サロンにベットする覚悟はまだこの時点では、なかったんです。



転機となったのは、箕輪編集室の運営チームに入ったこと。何をするのかもよくわからなかったけど、柴山さんに声をかけてもらった時点で「この話は受けた方がいい」という予感がしました。でも、入ってすぐに面食らう。やりとりは主にメッセンジャーなんだけど、この人たち基本寝ないんです。「何時まで起きてるんだよ、何時までやってるんだよ」と何度思ったことか(笑)。

私という人間は「私だってやりたい、がんばりたい」って自我は強いのに、前に出る勇気や覚悟がなくて。人を見ては、すぐ自分と比べて嫉妬したり、自分を蔑んだりして苦しむことが多かったんです。でもみの編の運営に入った時、そういう類の嫉妬を一切しなくなりました。限界までやり切る人の集まりですから。ここまでやり抜く人たちを側で見ていたら、嫉妬の気持ちなんてなくなりますよ。憧れと尊敬しかない。それから「私もこんな風にがんばってみたい」という気持ち。

この頃は箕輪編集室はたぶん200人くらいかな。そこから1000人を目指す時期。新しいチームが毎日のようにボンボンできていた。やりたい気持ちは応援したい、でも無尽蔵に増えると管理できないのもよくない。「じゃあチーム設立の基準はどうしたらいいかな?」などなど。毎日何か課題があって、それを解決するためにメッセンジャーで意見を出し合って、すぐ実践の日々でした。

実働という観点で行けば、私はみの編の運営チームの中ではそんなに稼働できていなかったのだけど、彼らと同じ場所で一緒にコミュニティ運営をやることで得るものがとにかく多かった。同じ場所で空気を吸わせてもらって成長したというやつです。

そういう私なので、先日の前田デザイン室1周年の定例会では、みの編メンバーを見ただけですでにウルウル。


せっかくだから「写真を撮りたい!」とお願いしました。浜田から時計回りに。池田さん、ほりぴ、三浦さん、こっとんさん、柴山さん、篠原さん。一定期間濃密に関わると、もう家族みたいに感じるんです。この会には来れなかったけど、トムさん、萩原さん、浅見さん。みの編運営陣は鉄人の集まりです。



みの編で運営をやりはじめてすぐの頃、以前からの友人であり制作のお仕事を一緒にさせてもらっていた前田高志さんもオンラインサロンをやるという話を聞きました。お世話になっていた感謝の気持ちもあったし、何より前田さんが作るデザインが好きで、勝手にものづくりの師匠だと思っているので、運営まわりの雑務をやりたいと申し出ました。雑務を引き受けることで、吸収させてもらおうという気持ちも正直ありました。募集ページを作り、FBグループを整え、noteを開設し、人を集める。日々のスレッド管理や定例会の段取りなど、細かなタスクがいろいろあったけど、すんなりできたのは先に箕輪編集室で経験していたから。

運営として参加していたけれど、活動があまりにも楽しそうなので、TADOTカードや、VIEWなどのプロジェクトに参加させてもらいました。

それから忘れてはならないのが雑誌『マエボン』の存在。この本を出したことで得た経験値は計り知れない。編集長はおろか、紙の仕事をしたことがなかったのに「やりたい」の気持ちでわからないなりに手探りで進めていたら、雑誌経験のあるメンバー中心に助けてくれた。私は「ああしたい、こうしたい」って心の中ではわかっていても、それを押し通す覚悟と勇気がなくて。そういう自分から大きく変われたのも、マエボンプロジェクトのおかげです。

本を出した後は、クラファンを成功させることしか考えてなかったけど、それだけでは終わらなかった。書店に置いていただけることになり、もっと売りたいという欲が出てくる。売るために作ったものではないけど、やっぱり可愛い我が子(のような存在)を知ってほしい。在庫の山にするために作ったわけではない。そう思ってプロモーション三昧でした。主に前田さんのトークイベントで、アシスタント的な役割をさせてもらいました。マエボンは万人受けする本ではないので、地道に足で稼ぐしかない。イベントの集客だって毎回大変だけど、やっぱり人と会って話す機会って最高に楽しい。

本を出したら自分たちで発送して、書店にも納品し、イベントさせてもらう。この一連の小さな出版活動は、大変なのに楽しさしかなくて。「私はこういうことを仕事にしたいんだ」ってことに気が付きました。自分でものを作って売って、読んでくれる人の顔を見て話をして、それを糧にまた作る。日頃WEBで記事を書いているからでしょうか。読み手の顔が見れて、声を聞けるってやっぱり嬉しいんです。ある書店員さんは、マエボンを目の前ですぐ読んでくれて、1ページ1ページ読んでは「面白い」と言ってくれました。こういう瞬間が一番嬉しい。



コミュニティ運営、コミュニティデザインは大好きです。特にがんばろうとしなくても勝手に体が動くから、資質があるほうなのでしょう。私は10年事務職だったので、そりゃそうなんです。小さな会社の事務職はなんでも屋さんで、会社がうまくまわるように気を配る仕事ですから。コミュニティマネージャとしてお仕事をしてもいいなと思う。だけど、「一番やりたいこは?」と聞かれたら、やっぱり「書くこと、本を作ること」なんです。

書きたくて仕事を変えたわけだし、会社もやめた。コミュニティマネージャーの方がやっている人は少ないし、その中では実績と経験を積んでいる部類におそらく入る。対してライターだとすごい人、上手い人は山のようにいて、私の書いたものなんて吹けば飛ばされそうな気持ちになる。多少資質のあるコミュニティマネージャーより、才能なんてないかもしれないライターをわざわざ選ぶことは、みじめだし苦しい。できている方を選ぶ方が、うんと楽ですから。だけどやっぱり「何のために職を変えたのか?フリーランスになったのか?」と考えたら私は書くことを一番の生活の中心にしたい。

前田さんが新たしい試みを提案したとき、一番に面白がり「どうすればそれが叶うのか」を考え、行動に移すのが運営チームの役割だと思っています。今まで喜んでそれをずっとやってきたけど、いつからか自分の手間とか忙しさを先に考えてしまうことが増えました。「ほどほどでいいよ」と前田さんには、何度も声をかけていただいたのだけど、私が不器用すぎてそれはできなかったんです。こういう状態にある今の私は、コミュニティを守る資質がない。そう判断したからやめようと思いました。

やりたくないことをやめるのは簡単だけど、好きなことをやめるのはとっても苦しい決断でした。

箕輪編集室の運営は昨年の12月に、前田デザイン室の運営は今月いっぱいで卒業します。コミュニティ1周年という節目であり、私も運営としての定例会は最後。またその記念すべき定例会が箕輪さんゲストでみの編メンバーにも来てもらったから、もう…。「幸せ」って何度書いても足りないくらい楽しい時間でした。大抵イベントのあった日は、宿についてぐったりしてすぐ寝るのですが、この日は興奮して目が冴えていました。それくらい特別な日だったってことでしょうね。




コミュニティ運営をみっちり1年やらせてもらって得たことは死ぬほど大きい。あらゆる経験値が上がった。それから自分の得意を再認識できました。私はやっぱりテキストでコミュニケーションするのが得意だと。意外だったのは人前で喋るのも案外楽しいということ。これは自覚がなかったです。

何より、一番よかったのは、人の好き嫌いをしなくなったこと。
食べ物に関して、好き嫌いはほぼありません。食べることが大好きだから。例えば、一度牡蠣食べて食あたりになった人は以降牡蠣食べないだろうし、魚介全般に過敏になる人っていると思うんです。

私の場合、人間関係がこれに当たる気がしています。
人が大好きなのに、好き嫌い、食わず嫌いすることが多かった。
私は13歳の時に父の仕事の関係でいろいろあって、家族で夜逃げしたことがあるんです。人にないがしろにされたり、邪険に扱われたり。するとどうしても「信用していいのは、自分の家族だけ」という思考になってしまう。それが大人になっても続いていて、白黒思考が死ぬほど強かったんです。でもそうやって生きることは疲れるし、しんどいなとも感じていました。

私はコミュニティ運営をするようになってから、明らかに変わりました。参加者としてだけなら、気が合う人としか会話しなかった。運営をやっていたら、そんなの関係なく会話する機会がたくさんあります。「役割だから仕方がない」と思っていざ話しかけたら、みんないい人なんです。テキストでは「むむ?」って思うことがあっても、ZOOMとかリアルで合えば全員いい人。そうじゃない人は一人としていなかった。当たり前のことなんだけど、これは私にとって大きな気づき。食わず嫌いを少なくしてくれたこの1年に感謝しています。

「好き」をたくさん感じる機会をいただいたから。「好き」って思える瞬間が増えるって、ものすごく幸せです。


(先日の前田デザイン室1定例会にて。この位置から見る定例会も大好き。)



箕輪編集室にも前田デザイン室にも変わらず在籍し続けますが、これからは書く側としてより活動していきます。

定例会のことと、運営をやめることを書こうと思ったらクッソ長いnoteになってしまった。最後までお読みいただきありがとうございました。



写真:只野ちひろはちぼー

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よっしゃ(*゚▽゚)ノ
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浜田 綾

ライター、編集者。企業で10年ビジネス文書の作成→2017年開業、屋号は「コトバノ」。 箕輪編集室 の電子書籍『嫌われ者たちのリレー式コンテンツ会議』編集リーダー、 前田デザイン室 『マエボン』『NASU本 前田高志のデザイン』編集長。日本一のオンラインサロン編集者を目指す。

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