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Shut Up Legs. |ONTAKE 100k (前編)

"Shut Up Legs."

この言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。

脚が言うことを聞かないどころではなかった。動かない。「脚が棒のよう」とはしばしば聞くが本当にそれ。ただし、付け根から足先までが一本の棒になっているわけではなかった。上下2本の棒が真ん中、つまり膝、にあるコントロールのできないぐらぐらのジョイントでつながっている感じ。重心をきれいにそのジョイントの上に乗せないと、意図に反して、途端にバランスが崩れカクンと折れてしまう。そうならないために僅かに働く筋肉を稼働させると激痛が走る。

うるさい、だまれ、そして動け!

それが後半50km、延々と続いた。


#ドキドキ初レース  初めてのランニングのレース ONTAKE100


スタートに並ぶニテコ号メンバー(サイサイ選手撮影)


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スタートエリアには1000人を大きく超える選手がひしめいて屈伸すら難しく、雰囲気に呑まれかけて横にいるいつもの池メン・サイサイ選手やテラサワ選手と何か話したような気がするがよく覚えていない。変な音のブザーと共にスタート。アップもしてないしぎこちなく狭いスペースを走り出す。競るわけでもなくただただ人が多い。すぐにサイサイ選手たちとははぐれ、大集団の中ひとり旅(変な感覚)。いよいよ109kmのレースが始まった。

後ろから呼ぶ声が聞こえた。見ると神戸練で一緒になるヤマネ選手。14時間切りが目標とのこと。反対に目標を聞かれて困る。目標なかった。敢えて言えば(あるかわからんけど)次以降の目標を立てるために指標となるよう、うまく出し切るのが目標。ということで、ひとまずジョグ心拍でずっと行ってみる、と答えた。ヤマネ選手は一旦前の闇に消えていった。

スタートからしばらくは平坦なロードである。ここはHR140くらいと思っていたが、10くらい高い。ただ、辛くはない。荷物が重いのもあるが、がっつり食べたあとというのもあるかも、ということでgarminのイージー心拍の範囲までは許容することにした。

が、これは大きな間違いだった。

ちょうど中程くらいの位置かなと思いながら林道に入る。正確には前にも後ろにも選手が続いていて位置は全くわからない。登りが混じる。心拍が上がる。早速歩きを入れる。どうやらこの位置くらいだとパワーウォークはそんなに遅くないようだ。軽々走っている人には抜かれるが、歩かずに走り続けようくらいの感じの人は逆に抜いていける。


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下りは心拍も上がらないのですいすいと行く。うん、問題はここだった。この時はまだ下りは楽だなーくらいに思っていたが、確実に前腿を削っていたはずだ。しかも悪いことに、エイドは大変な混雑と聞いていたのでスルーするつもりで2.5Lのハイドレに大量のおやつを背負っているものだから、余計に負担がかかっていた。と、終わった今だから思える。

この辺りでは再びサイサイ選手とようやく直接お会いできたケン選手に合流していて、前に行ったり後ろに行ったりする。「脚重いわー」と冗談ぽく言うてみると「重いのは荷物や」と返ってくる。関西人らしく平和で和やかなボケツッコミのやり取りである。このあと100km走るのでなければ極めて微笑ましい。

まだまだ周りには選手がたくさん。ヘッドライトもいらないくらい。気持ち良くアップダウンを楽しむ。スタートからここまでずっと小雨が降ったり止んだり。雨具がいるほどでもないし、心拍上げすぎてないのもあってオーバーヒートもなく快適である。

たくさんの選手たちと抜きつ抜かれつしていると、たまに知ってる顔に会って喋りながら並走る。神戸練のマツサカ選手やここで追いついたヤマネ選手、のんちゃん選手、、一緒に行こうも先に行くねもなくそれぞれ阿吽でペースを合わせたり別れたり。ルールによるとこれは「タイムレース」で、ということはライバルでもあるのだがどちらかというと戦友に近い感覚だ。協調して良いところはする。ロードレースみたいな感じ?

Twitterやインスタでは知っているけど初めましての人がほんと多かった。少し話す余裕があるのが面白い。ミック選手に追いつき初めましてーをしたのもこの辺り。飛ばし過ぎたとのことでだいぶ苦しそう。配分が狂うとこんな方でも苦しむんやなあとまだまだ他人事の俺であった。


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サイサイ選手らと共に第一エイドに着く。順調だが、なんとなく脚が重くなり始めている嫌な予感はある。そしてこれがどこまで悪化するのか未知数なのが恐ろしいところ。水も食料もあるのでちょっとご挨拶だけして何も補給せずに先に進んだ。挨拶ついでに先行している選手の情報を知る。知人で言うとゆい選手とサンダル仲間のオーシャン選手が揃って快調に進んでいるらしい。


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追いついてきたサイサイ選手と2人旅になる。朝の池かろゆうのジョグの感覚で、いつも通り雑談しながら淡々と脚を運ぶ。そろそろ最高地点という頃に見覚えのあるフォームとサンダルの選手に追いついた。オーシャン選手だ。聞けばゆい選手はすごい勢いで先に突き進んでいるとのこと。

3人揃って下りにかかる。これも見慣れた光景。途中少し登りが入って先行するが下っているうちに追いつかれる。そして後ろに着いて下る。ガレ場で不安定であるが、見えればそれほど問題ではない。見えればね。

躍動感のあるオーシャン選手とすでにぺたぺた走っている俺(サイサイ選手撮影)


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今回俺が持ってきていたライトは20年前のペツルのもの。周りと比べると圧倒的に光量がなかった。照らしているのに、後ろに選手がつくとその後ろの選手のライトでできた自分の影が暗くて路面が見えなくなるくらい。普通に進めるのだが周囲に明るいライトの選手がいると楽に見えるので、ついついペースを合わせてしまうのであった。

今回初レースにあたって、新しいものを買うのはなるべく避けることにしていた。安全に関わる不具合があるものは無かったので、ザックも雨具もライトも水筒も元々持っているもので構成していた。ほとんどが20〜10年前の登山用品なので、もちろん今のレースに最適なものばかりではない。だからライトが暗いのは織り込み済みだった。マイペースで下れば問題なかった。だが目の前にある明るさに我慢ができていなかった。装備は想定内、だがペースを上げてしまったのは想定外だった。と、これも後から振り返るとわかる。

サイサイ選手もオーシャン選手も普段から俺より速くスムーズに下りを走る。当然ここでもジリジリと離される。だが下りは終わる気配を見せない。上りエスカレーターを下っているかのように、次々と下りが湧き出してくる。2人の姿がコーナーだけでなく長い直線からも消え、それと共に俺のペースもさらに落ちる。というか、上がらない。前腿が終わっていた。

ああ、これが噂に聞く、潰れる、脚が終わる、というやつか。ただそれは想像していたような、重くなって気力を振り絞っても動かせなくなるようなものではなかった。ただの痛み、あるいは激痛であった。脚はストライキを起こしているだけではなかった。脳に対してブチ切れて怒鳴り散らかしているのであった。たくさんの選手が有り得ない速度差で俺を追い抜いていった。


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終わった。

そう思った頃、下りがやっと終わった。

それはまもなく前半ループ、つまり109kmのうちの約半分がすぎることを意味していた。こんな脚でまた倍走るなんてとんでもない。無理だ。終わろう。だって、これは、もはや怪我だってば。そう思って、中間チェックポイントであるスタート地点への平坦路をトボトボと脚を引きずりながら超スロージョグで進んだ。

ふと、今心拍はどのくらいなんだろう?と気になって時計を見た。すると心拍数の上のスピード表示が5:50となっていた。あれ?体感的にはキロ7くらいのつもりだったのだが。予想外の数字に心がコロリと転んだ。実は、意外といけるんじゃね?もう半分終わったし。今までと同じだけ耐えればええだけやん。いっぺんできてんから、もういっぺんくらいできるやろ。

下りじゃなければ脚はそこまで文句を言うつもりはなさそうだった。やや動きは緩慢だったが、ちょっとしたギャップの上りや、スタート地点へ戻る坂でもよく働いて、キロ6以内をキープしていた。下りで俺を追い抜いていったうちの何人かを抜き返すことすらできた。

ラスト1kmは後半ループへ向かう選手と対面通行になる。声をかけ合う中に弾けるように走るゆい選手もいた。前向きに進む姿を見るとこちらもさらに前向きになる。中間のデポ品を回収する頃には終わる気なんかどこにもなかった。

サイサイ選手オーシャン選手は5分ほど先行して到着していたようだ。デポなし戦術のオーシャン選手が先発。サイサイ選手は荷物をごそごそやっている。俺も、ミックスフルーツ、ジェルを流し込む。足先で豆っぽくなりそうなところにテーピングと足裏バームの塗り直し、股擦れ対策のシャモアクリームを大量に追い塗り、と機械的にこなす。100マイルレースを降りていたベス選手、怪我治りきらずすぐにやめたシハリコ選手がいてくれていて、あーだこーだしゃべるうちに気力も回復した。ベス選手から見ると、俺は見たことないくらいスピーディに動いていたらしい。ノルマと思っていた水・食料はきれいに平らげていたので、また2L弱の水と水気の多いおやつを増やして入れて、準備はできた。ここまで10分。

横には同じく準備を終えたサイサイ選手がいた。同時に後半ループへ出発である。

後半ループへ向かうサイサイ選手と俺(ベス選手撮影)

(後半へ続く)

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