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Shut Up Legs. |ONTAKE 100k (後編)

(前半から続き)

入りの1kmはさっきと逆に前半ループを終えた選手とすれ違う。ヤマネ選手、のんちゃん選手、これまたスタートで改めて初めましてーをした岡山猟師のハダ選手と、たくさんすれ違う。姿を見ると気力はさらに充実した。

しかし、それらの姿がなくなり、前後に選手の気配もなく、後半ループの上りが始まると、気力はあっさり雲散霧消した。お前どこ行ってん。お前がイケる言うから出てきたのに、まだ50kmも残ってんねんぞ。責任取れ。そう思ってもあとの祭りである。おまけに今となっては上りでも脚が痛み出している。

スロージョグから歩きに切り替える。「結局池と一緒やな」とか言ってたサイサイ選手はそのまま走っている。少し間が開く。

このまま見送ろうか。

いや、ちょっとくらい粘ってみるか。

痛いのはわかるけどな、Shut Up Legs. 動いてもらうぞ。かのイェンス・フォイクトもこのような心持ちだったのかはわからない。たぶん違う。が、ここからのキーワードはこの言葉になった。そうすると、脚が進んだ。進むと前のサイサイ選手は近づいてきた。そして気がつけば前に出ていた。姿は後ろに消えた。


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気持ちの変化がジェットコースターである。急に上がり、急に下がり、上下左右に揺さぶられ、あまつさえ1回転する。この時はじわじわと上っていく区間であった。何人か先行する選手をパスする。先行していたオーシャン選手にも再び追いついた。が、平坦から下り混じりに路面が変わると、ジェットコースターが頂点に達し、急降下を始めるのであった。

サイサイ選手がすぐに追いついてきて、笑顔で「速かったがな〜」と言いながら軽やかな足取りで抜いていく。これがサイサイ選手を見た最後であった。こちらは走っているとはとても言えないようなフォームと速度でひょこひょこしているのみ。歩きも混じるが、下りはすでに歩きでも前腿が痛くて進めない。前半と違ったのはオーシャン選手も苦しそうだったこと。下り自体はスムーズだが、スピードが上がらなそう。並走して話したり、少し前後したりしながら一緒に進む。

と、前方に小さな紫の選手が肩を落として歩いているのが見えた。ゆい選手っぽいけど違いますかねーだいぶ快調に進んでるはずなんでちゃいますよねーなどと話しながら追いついてみると、はたしてゆい選手であった。スタートから走り通してここまできたが、ついに力尽きて走れなくなったと。様子を見ると、精神的にもかなり参っている様子。次の関門でDNFと言う。えらいこっちゃ。


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そして俺も限界だった。3人一緒に歩く。溶岩の流れた痕跡だろうか、幅広い河原から大きく空が見える。たわいもないような話をしながら、とぼとぼ、とぼとぼと。歩けるということはこのままゴール行けるんちゃう?と言ってみる。残り40キロ、キロ10で歩いて6〜7時間。一緒に歩いていこかーなどと言ってみる。気持ち明るくなったようにも感じる。気のせいかもしれないし、一向にペースは上がらないが。

そのままとぼとぼとウォーターエイドに到着。ここで初めてエイドの水をいただく。ありがたい。と同時に、背負った水では足りんかったな、と反省する。

とぼとぼ。とぼとぼ。

66km歩かずなんてすごいよな。俺は頭から歩き混じりなので、半分くらいは歩いているのに。100マイル走る人はやっぱり違うなあ。俺は10kmで脚が重くなり40kmで潰れ、その潰れ方は今やペシャンコどころではなくナノメートル単位の薄さになっているのに。ぐるぐるマイナス思考がメリーゴーランド。ああ、何しにここまで来たんやろな。

「そら、レースでしょ。」

と、俺が言った。で、気がついた。俺まだレースをしてないやないか。行けるとこまで、適度と思うペースで行って、ゴールするくらいの考えでしかなかった。しかし、ルールの一行目には「定められた山岳コースのタイムレース方式とします。(所要時間の少ないものから順位が決定します)」とあったやないか。所要時間を少しでも少なくする努力をひとつもしてないやないか。

これが登山のパーティあるいは途上で出会った登山者なら、どう安全に下るか、個々ではなく全隊が速く行動するために何をするか考えるべきである。普段の裏山ランでも然り。けど、そういえばこれレースやった。所要時間を少なくするために走り切るという戦略をとった選手が残念ながら遂行出来なかった、そしてDNFを決めた。その判断は尊重すべきやろ?なんの戦略もなくダラダラ走ってしんどいわー言うてるだけの俺が何を考えたり言うたりしてんねん。

悪いけど(そして考えると悪くないけど)前言撤回である。

「ちょっと回復してきたから、やっぱりもうちょっとだけがんばってみるわ。」

そう言って、硬い脚を無理矢理前に前に、走り出、、せなかった。が、パワーウォークというか競歩っぽく歩き始めた。上りならある程度のスピードで歩けた。さあ、ここからがレースだ。

とは言ったものの、脚は喚き散らしたままである。黙れ黙れと言い聞かせつつ、歩いたりナノ走り(小走りより小さいのね)を繰り返すだけ。一歩ごとに変な声が出ている。呼吸に意識が行くと良いのか、単なる気のせいか、不思議なことにリズミカルにうめき声を出すとほんの少し楽になる。Shut Up Legs. だが、俺黙れとも言える。

下りにかかるとオーシャン選手もまた追いついてきた。ペースを極端に落とした分回復はしていそうだが、全然本調子ではなさそう。再び前後したり一緒になったり進む。

100マイルトップの中根選手がやってきて、軽やかに抜いていった。その後ちょっと重そうにしているのに追いついたら「ちょっとペース上がらんので休んでいきます」とのこと。そしてまたすぐに軽やかにすいーと前に消えていった。マイルのトップでも苦しい時間はあって、うまくやりくりしているのか。

関門エイドに向けての長い下りにかかるとますますペースは落ちる。下れる選手が次々と抜いていく。そんな中に呼ぶ声を聞き振り返るとのんちゃん選手だった。「上り全然あかんから下り誤魔化しながら走ってる〜どうせ上りで追いつかれるから先行くな〜」と颯爽と去って行くのを、その上りに無事辿り着けるかギリギリやけどなと思いつつ見送る。後ろ姿は練習で見るフォームと変わらなかった。ペース配分かくあるべしなのか。


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歩き通しで一向にペースが上がらない下りの中、オーシャン選手が「一緒にちょっとだけ走ってみませんか?」と言う。やってみますか。一層酷い嗚咽をテンポで漏らしながら走ると、よちよちながら少し走れた。「走れましたね!」すかさず先生のようにアメをくれる。ちょっとだけ走ってみませんか、というのはなかなかいいなと思った。

田畑が現る。夏らしい暑さが顔を覗かせ始めた。ここまで小雨や曇りに助けられていたが、ここからは本格的に暑そうだ。ここまで積極的に補給してきたのが効いてくるか、どうか。

関門エイドに着いた。また水をいただく。おやつもまだまだ残っていたが美味しそうなので素麺とバナナもいただく。ありがたい。ここまで40〜60分おきにバーかクッキーを食べていたのを、ここからは水気の多い羊羹やらわらび餅を増やした。

エイドから出がけに、ここで追いついて入ってきたハダ選手に会う。疲れを感じさせない明るさで、初対面とは思えない。速いっすねーボロボロっすよーなどと会話。そして、この時間でここまで来たら14時間切れますねーと言われる。ほほう、そういえば、そういう基準あったな。あとほぼ4時間で27km。キロ8〜9でギリギリな感じか。

すっかり髭コンビ化していたオーシャン選手と一緒にエイドを出るが、シューズの中の小石が気になり脱いで取ることにする。一瞬待ってくれようとするが、先に行ってもらう。しばらくは舗装の上り。ゆっくりだが走れる。オーシャン選手にも追いついたが、先に行く。ここまでのパターンならどうせ上った後の平坦か長い下りで追いつかれるはず。行程を共にするのではなくて、なるべく遠くまで逃げるのを14時間切りのひとつの中間指標にした。おそらく逆も追いつくのはわかっているので目標になるはず。そんな協調関係おもろいな。

心拍管理に戻してイージー範囲をオーバーするようなら歩くことにするが、結局舗装の終わりまで走れた。歩いている選手を何人も抜く。未舗装林道に入ると気温が上がったのとまた筋肉がごちゃごちゃ言い出したので早めに歩きに変える。競歩。パワーウォーク意外とまだ健在で、歩いちゃダメだから走り続けてます、くらいの走りの選手は抜ける。高度が上がる。夏の山。そういえば林道ばっかりで景色に飽きると聞いていたものの、ずっと変わらずいい景色なので飽きることはなかったな。


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水をいただき、さらに上る。上りでパワーウォークしている分には脚はおとなしいのでもっと上れ、できれば山頂フィニッシュがいいな、などと考える。が、現実は冷酷である。

上ったということは、下らなくてはならない。

平坦が混じり、おなじみの絶叫が脚から聞こえてくるともう地獄である。ただ耐えて歩くだけでは心拍数がもったいないので、平坦も下りも意識的に競歩スタイルにする。そして、オーシャン選手の「ちょっとだけ走ってみませんか走法」を取り入れる。100歩だけ、どんなゆっくりでもいいから走ったら100歩歩いていいルール。意外と200歩走れる時もあり、激痛との付き合いももはや比翼の鳥であり連理の枝である。

と言ってもよちよちひょこひょこなので、登りで抜いていった選手たちに次々と抜き返されていく。織り込み済みだけどね。「いた〜マックストレインや〜」と汽笛を上げるハダ特急もやってきたが、1秒も連結することなく過ぎていった。そしていよいよ下り基調が鮮明になると、力なく歩く時間も長くなる。

時計を見ると、96kmとなっていた。距離表示が正しいとすると(エイドごとの表示を見る限り正しそうだった)残り13km。時間は12時頃。歩いてキロ10だと間に合わない。レース踏ん張りどころだ。というわけで、ここまで来たしあと10kmだけ走ってみませんか、である。競歩よりほんの少し自分の中では走行側に踏み出したフォームに変える。激痛交響曲が鳴り響く。しかし指揮を止めるわけにはいかない。Shut Up Legs. 時計のペース表示はキロ7〜8あたり。いいぞ。残り10km100分。

交響曲という比喩から飛び火して、吹奏楽部初心者の息子が家で練習している「ワシントンポスト」の出だしの20小節くらいがひたすら頭をループする。bpm86って言ってた気がするから、今は170くらいで走れてる?


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足音でわかる。オーシャン選手が来た。思ったより長く逃げてこられた。上りで苦しまれたのかもしれない。が、足取りは確かである。着いて行くがじりじりじりじり離されていく。もう脚は限界だ。正確に言うとまだ限界ではない。限界だと思ってもまだまだ悪くなっていく余地が残っている。境界線は溶けている。陽炎の向こうにオーシャン選手も溶けていく。

痛みに使う比喩表現も尽きるころ、下りが終わった。

ひと安心だが油断はできない。歩いたりナノ走りしたりで進む。「聞いてへんでー下ったら林道終わりってさっきの人言うてたのにまだあるやんかーもーずっとこんなんやん初めてやけど絶対2度とオンタケこーへんわー」という内容を関東の言葉で言うてはる女子選手とちょっと並走。その声量はまだまだ元気やしなんとなくこの方来年も走りはりそやなと思いながらついていけない。

次々と選手が後ろから湧き出ては抜いていく。

ラスト3km。聞いた声が聞こえてきた。ヤマネ選手だ。そういえば14時間切り目標にちょうどやないですか。歩調を合わせて走る、というにはお粗末な何かで着いていく。ラスト2km。歩く時間が長くなる。早くビール飲みたいですね、でも帰りの運転あるからまだすね、今ならコーラも美味いんでしょね、などと気分は神戸である。ラスト1km。もうゆっくり歩いても間に合いそうだ。そう思うともう走れない。

ラスト200m。ゴール前の土手にケン選手が座っている。どやったー?と聞かれたので散々な目に遭った旨をお伝えすると、高笑いしながら「洗礼やなー」とどこか満足気である。ラスト100m。テラサワ選手が飄々と脇の川から上がって手を振っている。ラスト50m。フィニッシュゲートが見える。その前後にたくさんの知っている顔が見える。池界隈、神戸練界隈、はるか前にゴールしていたサイサイ選手も見える。ありがたい。

ラスト10m。最後くらい走りますか、とヤマネ選手とゲート前だけカッコつける。余裕の笑顔のつもりだったが、後から撮ってもらったムービーを見返すと、ヤマネ選手は伸びた背筋で軽やかに跳ねている。俺はペタペタと競歩超初心者仮入部フォームで、猫背の老猫のようであった。


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