銀行員の仕事   (番外編)_0_4_スーパーカブ号

田中は、大学4年生時に中型バイクの免許を取得した。
内定を得た地方銀行人事部担当者から、125cc以上のバイクの免許を、取得するよう連絡があった。
ならば、いっそうの事、「中型バイクの免許を取っておこう」と考えたからだ。
普通自動車免許は、大学1年生の夏休みに取得済であった。
「なんで、銀行員にバイクの免許がいるのか?」
田中は、少し疑問を持ったが、経済学部の4年生は、授業が少なく暇であった。

銀行に就職しOJTが終わり、営業課に配属されてから、何故、銀行員にバイクの免許がいるのかが判った。
スーパーカブ号(70cc)に乗って営業活動を行うのだ。
(普通自動車免許では、50ccのバイクまでしか、運転出来ない)

スーパーカブ号は、本田宗一郎氏が開発以来、ほぼ変わっていない。変わっていないのではなく、変える必要性が見当たらない程、完成されたバイクらしい。

ぷすんぷすん、「先輩、バイクが壊れました。」
「燃料切れだよ。ここのレバーを下げると、リザーブで走れるよ」
リザーブとは、予備タンクの事である。
いざとなったら、リザーブで最寄りのガソリンスタンドまで、余裕で走行可能なのである。
体感では、燃費リッター50キロ以上であった。
約8年、スーパーカブ号と付き合ったが、故障した事は1度も無かった。

ある日、純新規の大口定期預金をしてくれたお客さまがいた。
田中は、朝1番で「定期預金証書、お礼の粗品」を届けに行き、支店でその日の体制を整えようと考え事をしながら、スーパーカブ号を運転していた。

突然、身体が1回転して地面に叩きつけられた。事故である。
見通しの悪い細い裏道の四つ角で、軽四に跳ねられた。
すぐに支店に電話した。
支店長長が飛ぶようにして来てくれた。

幸い、擦り傷とスーツのズボンが破れた程度で済んだ。
軽四のナンバープレートと、スーパーカブ号の左のステップが接触していた。
軽四のナンバープレートは、凹んでいた。

支店長は、相手のおばあさんに
「自分で支店に電話するぐらいだから、対した事はありません。警察への連絡も不用ですと言った」
田中は、跳ねられて気が立っていたが、支店長のいう通りにした。

支店に帰ると
「田中君、今回の事故は、本部に報告しない。君の経歴、私の経歴に傷がつく」と言った。
落ち着きを取り戻していた田中は、そんなものかと思い、支店長の言葉に従った
営業チーフは、
「事故は1秒差で起こる。今回は、不幸中の幸いだったね」と言った。

冷静になって考えてみると、営業チーフの言う通りである。
軽四との接触は、バイクのステップ1点のみであり、身体と軽四が接触していれば、軽くて骨折だっただろう。
スーパーカブ号は、ステップが歪んだので、修理に出した。

が、事故後、難なく支店まで載って帰れたスーパーカブ号は、やはり世界に誇れる製品だと思う。

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