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空気を象徴する主題

読書感想文 『たかが殺人じゃないか』辻真先

30年後、この閉塞的な、先の見えない、絶望が席巻している、いたたまれない空気を、私はどれだけありありと覚えているだろうか。一生忘れないだろうと思ったグランドキャニオンの絶景も忘れそうなのに、この時代を、生きた人間として、どれだけ覚えていて、説明できるだろうか。

御年88歳はみずみずしく、戦後まもない昭和24年に生きた少年を描いた。年の割に大人びているのは、戦火を生き抜いたからなのか、時代なのか。いずれにしても、こうも少年らしい少年を描くとは。時代背景も詳細で、特に文化的なバックグラウンドが秀逸に表現される。おそらくはご本人が生きていた時代なのだけれど、その背骨の頑強さに恐れ入る。

名探偵コナンなどの脚本も書かれてきたレジェンドの新作は、ミステリとしても整理されていて公平であり、読みやすい。若干非現実的にも思えるトリックには賛否両論あり、気持ちはわからなくもないけれど、いやしかし、そこを含めて御大の作品ではないかと思うのだけど、どうだろうか。

少年の切ない恋路に、本筋のミステリに劣らないほど焦点があてられていて、それが不満な方もみかけたけれど、この恋路こそが文化や時代を厚くし、作品の土台を固めているのではないだろうか。これがなければ、昭和24年である必要がないというか、これがあるから昭和24年なのだ。

トリックや犯人じたいは、そう、公平であるから。そして、私はコナンを見て育っているから、正直難しくはなかった。動機も、当てることはできなかったけれど、想像を越えない。ただ、それでも、いやぁ、この癖のあるタイトルが、なるほど。このタイトル、すごく良い。読み終わって、はぁっとなった。タイトルって難しいんだけど、お手本のように素晴らしいタイトル。何度も噛み締めたいタイトルになった。

30年後、今の時代を回想したとして、こんなタイトルが思いつくだろうか。こんなにも、その時代をありありと象徴するような、そんなタイトル。今、このときの観察眼が、将来試されるんだろう。


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