水中から愛をこめて

『水中より愛をこめて』という
モーニングの月例賞にて佳作を受賞したモイタナナミさんの漫画を読んで、(えっ、まだ読んでないの??ダメじゃん!読みなよ!)
http://www.moae.jp/comic/morningzero_suichuyoriaiokomete?_ga=1.2277616.1385424433.1472827741

なんとなく思い出した、漫画を読むまでわすれていた自分のむかしむかしばなしです
フィクションです ファンタジーです

ぼくはいま、1週間くらい前に誕生日を迎えた20代の男性です

むかしむかし、ぼくは中学生になっても、たまにお風呂に入ったまま眠ってしまうことがありました

入浴する時間が長くなると心配した母親が風呂場まで見に来て、くちをぽかりと開けて水面に浮かぶオフィーリアのようなぼくを見つけては、その度 名前を呼ばれて叱られました

たしか、そうそう、僕が小学生だった頃、たびたび同じくらいの歳の子達が、お風呂でたびたび亡くなるニュースが流れていて、それで多少過敏になっていたのだと当時は思っていたんですけど。でもそれは違ってたみたいなんですよね

なぜなら僕が生まれるよりも昔、『母のお腹の中に産まれるはずだった子供が居た』から

僕には姉が二人いて、10歳上と5歳上で、オタクのぼくとは似ても似つかないようなギャルで、案の定ふたりともギャルママに就職した
活動の様子は本人たちのLINEのタイムラインやFacebookで見れるのだけど、昔のギャル活動もどこへやら、子供のことだけがただひたすらに載せられるだけ載せられている
彼女たちなりの優しさや愛がむくんで飽和していて僕にはまぶしい

話が逸れた、僕には先ほど言ったように、5歳ずつ年の離れた姉が二人いる

そのうちのひとり、ぼくより5歳年上の姉が産まれるすこしまえ、母は男の子を身籠っていた
姉たちの兄や弟になったかもしれない人を

ぼくは高校2年生のとき、虫の居所が悪かった2番目の姉に、リビングにて「あんた、本当だったら産まれてなかったんだよ、元々子供三人までって、家族で決めてたから、『お姉ちゃん』『お兄ちゃん』『あたし』それで終わりだったはずなんだよ」と、自らがザッピングしているテレビの方を見ながらどうでも良さそうに言われた事がある
ぼくはその場でキレて西川貴教を侮辱した

姉は当時T.M.R.の熱狂的なファンだった
たぶん今でも好きだとおもう

姉の部屋は隅々まで全部がタカノリ メイクス レボリューションだった

タカノリを侮辱された姉は怒り心頭、手に握っていたリモコンを力の限り投げつけた
ぼくは頭を左に曲げて避けたんだけど、近くの壁でリモコンが爆発して、破片がぼくの頭に刺さってすこし血が出た
ぼくはテーブルの上に置かれていた、電話帳みたいに分厚い夏コミのカタログを両手でぶん投げて姉にぶつけた
姉は「てめえ!!」と叫んでいた
頭を掻いたりしている時、右上あたりを探ると今でもそのときの傷があるような気がしてくる

そうそう、だから、母親からしたら、『水の溜まった桶』と『代わりに産まれた男の子』である ぼくの相性は最悪だったということだ
そりゃあ、お風呂心配するよな〜…

高校生時代、当時ぼくは友達がぜんぜん居なくて、高校3年間お昼ご飯を1人で食べて、余った昼休みや授業の合間の時間はひたすら図書館で借りた本を読んでた
高校一年生の時、クラスの中心的存在だったサッカー部の男子(たしか、わたなべくん、実家が美容院で、メチャ イカした髪型をしていた)に体育の授業でのサッカーで圧勝してしまい(技術もクソも無くひたすら突っ込んでボール奪って走ってボールをゴールに入れる ウイニングイレブンも真っ青な脳筋繰り返していた、運動部のみんなは怪我を恐れて本気じゃなかったのだとおもう)前々から教室で浮いていたのもあり、体育が終わった後にトイレに呼び出されてしまった

おずおずとトイレに入ると、わたなべくんはキツイ視線をこちらに向けると開口一番「おまえさ、顔も悪いし、頭も悪いし、運動神経悪いし、生きてる意味無いじゃねえの、死ねよ」と言い放った
トイレの中の水道管がゴゴゴ…とクソ水をどこかぼくの知らない深いところへ運んでいく音がした

今思えば、なんて事ないクソみたいなセンスのない悪口だったのだけど、友達も居ないまま高校生活を過ごして居たぼくには強く響き過ぎたその言葉がいつもいつでもなんどでも反響して反芻されて、次第に言葉の呪いが強くなってこころを蝕んだ
それから1年間くらいはほぼ毎朝登校前にゲェゲェとゲロを吐いて親がよそってくれた朝食を無に帰してその日1日がスタート
死にたいと毎日のように思ってた
頭も顔も悪く友達も居ない自分には生きる価値がないのだと本気で思って生きてた
「学校に行きたくない」「死にたい」「顔を整形したい」というこれまたクソみたいなセンスのないメンヘラ(死)ワードを毎日のように母親に連発していたけど、母は黙って聴いているだけで、それに対して特に何か言うことは無かった

統合失調に近い幻聴や、絶え間ない吐き気、時々呼吸するだけで肋骨が心臓を突き刺すような痛みにひたすら耐えて学校へ通った

教室にいると一層孤独感が強く、教室が大きな海で、自分の席が今にも海水に呑み込まれてしまう程のちっぽけな無人島みたいに感じていた
そんな島にひたすらしがみついて生きていた、食料は図書館で借りた数々の本だった

そんな高校二年生のある日、掃除の時間が終わり体育館から教室へ戻る最中、同じクラスの絵がめちゃくちゃ上手い美術部のタカハシさんに「ねぇねぇ、春便器くんさ、わたしね、春便器くんが国語の時間、朗読する時がね、すっごく好きでね、いつも聞き耳立てちゃうんだ。ねぇ、春便器くんはそういう(演技をするような)学校に通わないの?」と言われた
これは大げさでもなんでもなくて、本当に神様のお告げだと思った
この瞬間、タカハシさんはぼくの神様になった
タカハシさんはヘタリアの作者の日丸屋秀和を神様と呼んでいたので、ぼくの神様には神様がいた事になる。神様の神様の神様の神様…ずっと続いていくのかもしれない

(みんなだれが好きだった?僕はキューバとトルコとロシアがすきだったよ!)

ぼくは舞台専攻がある東京の大学に進学する事にした。何ヶ月も掛けて親を説得して、受験させてもらえる事になった
勉強以外をどう対策して良いのか全くわからなかったのでひたすら走ったり筋トレしたり発声練習をしたりしていた
今考えると期間が短くても良いから洋舞を習って、ひたすら色んな戯曲を読んで、小論文の書き方をもっと勉強してればなと思う
まぁ色々あり合格した。本当に嬉しかった。
大学生活は本当に楽しかった。
友達もたくさんできた、出来ることも増えたし、色々な人や芸術に触れてほんとうに人生が豊かになった、この世にはまだまだ ぼくの知らない素晴らしい人や作品がたくさん存在している。生きていて嬉しい。嬉しい。日々大好きと大嫌いを重ねて生きていて、嘘も本当も夢も憂鬱も重ねて、思い描いていた未来とは結構違うけどやっぱり毎日生きていて嬉しい。

いまこれ、お風呂に入りながら、書いてるんですけど、手の指の皮がシワシワのおじいちゃんみたいになりながら、書いてるんですけど、でもほんとうに、みたい、じゃなくて、ちゃんとおじいちゃんになるまで生きてみたいんですけど、むしろおじいちゃんを超えておおおおおおおおおおおおおおおじいちゃんくらいになりたいんですけど、のぼせたみたい、おにいちゃん

産まれてくる前に死んでしまったぼくの兄へ、
水中から愛をこめて

#エッセイ #コラム #ファンタジー

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