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音大生が進路に悩むワケ。

「卒業したら何になるの?」

大学の外で人に会うと必ず聞かれた。音大って卒業したらみんな何になるの?

皆さんは何を想像するだろうか。
私の場合、専攻はピアノなので、一番に思いつくのはピアニスト、ピアノの先生。

在学中に何百回と聞かれたその質問に、私は決まって「わからない」と答えた。

大学を選ぶとき、卒業後の進路を考慮して選ぶのが一般的だろうか。音大生の中で、先に進路を考えて入学してきた人がどれ程いるのか分からないが、私は全く考えていなかった。音大で音楽を学びたい。その一心で、大学で学ぶ事と卒業後の仕事は全く別に考えていた。

音大生卒業後の主な進路。

なぜ別物として考えていたのか。もちろん、音楽で食べて行けるのならそうしたい。

音楽で食べていくことができるのは、音大入学以前から名前がある程度周知されていて、コンクール受賞歴が豊富、誰もが認める超絶技巧を持ち合わせたピアニストだけだと思った。音大に入るだけでとても苦労した無名の私には、音楽で食べていく等という選択肢は初めから思い付かなかった。音大に入学出来たら、卒業後は当たり前に就職する気満々でいた。

だけど仕事って?音大入学の夢が叶った途端に将来が不安になって、就職課に話を聞きに行った。

進路は主に4種類。

1進学
進学は大学院、留学、その先は分野にもよるが、一例として演奏家を目指す者は、より良い環境を求めて、さらに経験を積むために進学する事がほとんど。
2学校の先生
音大にも教員免許を取得できる制度が整っているため、小・中・高の音楽の先生、というのが一般的。
3一般就職
一般大学生と同じようにインターンや就活を経て、音楽の関係ない職に就く人がほとんど。企業側も多種多様な人材を求める傾向が増えており、音大生がSEになったという話もたまに聞く。
4その他(フリーランス)
オーケストラや自衛隊、オペラ等楽団に所属したり、またその為のオーディションを受ける間フリーランスとして音楽活動をしたり、2.3以外の、演奏活動をする音楽家のほとんどが4にあたる。1で進学した人の、その先の進路もここに含まれる。

演奏家と言っても幅は広い。ソリストとしてのピアニストは、それ一本で食べていける人はほぼ居ないだろう。世の中の、名前の通るピアニストでも演奏の仕事のほかに教える仕事、またアルバイトとしてレストランで働いている、という人も少なくない。要するに、「演奏家」は演奏だけで十分な収入を得られないのが現実だ。

現実と理想

就職課の先生に、そんな理由で就職希望だと伝え、先輩方の話なども教えてもらうと、ますます将来がわからなくなってしまった。収入の問題さえなければ、音楽の仕事がしたいに決まっている。誰だってそうなはずだ。

音大でかかる費用は4年間でおよそ1000万。ほとんどの学生が奨学金を借りながら通っている。社会人になり、音楽家としての収入が見込めないなら、音楽を仕事にすることがいかに現実的でないか誰でも理解できることだ。

正直自分が何者になりたいのか、本当にわからなかった。

5歳から音楽教室に通い、音大に行くと決めた中学生からは、本格的に音大受験の為の専門知識と技術を身につけるのに5年はかかり、正直地獄のような日々だった。ピアノは1日休むとすぐ鈍ってしまい、遅れを取り戻すのに1週間を用すると言われている。さらに音大受験に必要な知識と実技を十分に身に付けるのに、音楽専門の学校がない地元で育った私にとって、学校の教養とは別に、音楽の勉強の時間と環境を確保するのは容易なことではなかった。

放課後や休日に友達と遊んだ記憶がほとんどなく、必死に勉強し練習し、ピアノを第一に優先して過ごしてきた中学・高校時代。音大に行きたい一心で得た技術や知識は宝物だ。私にしか出せない音があり、表現も感性も全部私だけのものだと理解している。

音楽の仕事がしたいに決まっているじゃない。

生かせるスキルで生きたいと思った。

結論が出ないまま1年生が終わり、人生で初めて、ピアノを優先しない春休みを過ごした。少しでも外の社会を見るべきだと思い、1日8時間×週5日勤務でアルバイトを短期2ヶ月間経験した。

アパレルショップのアルバイトで、店長含め従業員は全員10・20代の女性だった。私と同い年の女の子が1人いて、その子は社員と同等のシフトで働いていた。つまり、「アルバイト」だけどこれが彼女にとっての「職業」だった。

彼女は、他の従業員に比べ頭の回転が速く、気配りがとても上手で尊敬していた。今思うと恥ずかしく情けない話なのだが、当時自分と同じ19歳だった為、「なぜ大学に進学しなかったのか?」素朴な疑問として彼女に直接聞いてしまった。すると彼女は顔色を変える事なく、「勉強は好きだしもちろん進学したかった。だけどお金がなくて。今よりいい職にいずれ就きたいからExcelの資格を持っているんだ」と答えた。

私はその事が一番印象強く、ショックを受けずっと忘れられない。

自分がどれ程恵まれた環境にいるか、そこで初めて理解したのだ。

私は器用でなかった為、高校生までに実はピアノで結果を残せた事がほとんどない。ピアノが常に悩みの種であり、ストレスの元であり、泣いた回数は数えきれない。それでも、両親も先生も常に私の意志を尊重し信じてくれていた。そうして音大にやっと入学出来た自分は、強い意志と執念深い努力があれば何でも実現できると勝手に思い込んでいたのだ。

アルバイトの彼女の言葉を聞いて自分を恥ずかしいと思った。

音楽をしていない両親は、私がやりたいと言ったことに対して常に理解を示してくれて、ピアノを買ってくれて進学もさせてくれた。どんな状況でも一番に応援してくれて見守ってくれていた事を、分かっていたけど、そのありがたみの大きさを全然理解出来ていなかったのだ。

好きなように生きなさいと、好きな事を好きな様にさせてくれた両親に本当に感謝している。

自分が身に付けた演奏技術や知識が、自分だけのものではない事を初めて理解し、どれ程の価値があるものなのか、それは他人の評価で決まるものではないと気付いた。

それから私は、自分を最も発揮できる場所を探そうと決め、大学3年の終わりについに「フリーランス音楽家」になろうと決心した。

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最後まで読んでくださりありがとうございます。「フリーランス音楽家」については次の投稿で。



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