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6秒見つめ合ったら


「今日は暑くなるな」
カーテンに四角く型抜きされた朝陽を見て、本日一番目に浮かんだ台詞。スーツのジャケットを羽織るか手に持つか迷う。今日はひとつバックが多かったことを思い出して、結局羽織って、茶色のドアをぐっと押した。

さむ。

明らかに「そのジャケット、要らんで〜」みたいな朝陽だったじゃないか。風が冷たい。まじ、ですか。

着替えるほどではなく、そのまま仕事に出た。気付かぬうちにまた一つ、季節が歩を進めていた。個人的な体感では「夏の面影が残る秋」から「冬がちらつく秋」へ、もう移り変わっている。



仕事中、狭い路地を通った。左側を3人の男女が歩いている。ふと顔を出す対向車。

うわ、待ってね、待っててね。

私の懇願が聞こえたのか、対向車様は脇に寄せて停まってくださった。すると歩行者3人も私の存在に気づいてその場に止まる。8つの目が私を捉える。気持ちはレッドカーペットの上、側近たちの間を闊歩する王だった。ありがたいけど恥ずかしい。左に会釈、右に手を挙げ、間を抜ける。

道を譲られるときに手を挙げるの、未だに少し照れてしまう。でも会釈は目線がずれるし伝わりづらいから、できれば自然に手を挙げたい。かっこよく感謝を示せるドライバーへの道は遠い。



駐車場で次のアポまでの時間をつぶしているとき、窓の外の猫と目が合った。毛並みは灰色でシュッとした顔立ち。猫種にあかるくない、いや、あかるくないどころか深夜3時の森くらい真っ暗だからわからないけど、かっこいい子だった。

イケメン猫くん(オスかどうかも知らんけど)はスタスタとこちらへ歩いてきていたのに、私と目が合った瞬間、ピタッと足を止めた。じいっ。見つめ合う。じっくり10秒くらいは見つめ合っていたと思う。漫画だったら周りに薔薇が咲いてた。ドラマだったらLove so sweet 流れ出すよこれ。イケメン猫くんと私だけの時間が流れた。

なんだっけ、6秒見つめ合ったら恋に落ちるか殺し合うかのどちらかしかないんだっけ? ねぇねぇイケメン猫くん、恋、落ちた?



「メンチカツとコロッケ、どっちにする?」

坂の上を歩く男子高校生の会話が聞こえる。なんか、エモ、って、思った。この台詞を例えば社員食堂でサラリーマンが言っていても、何の趣深さもない。ただの昼食時の会話として聞き流していると思う。

秋の夕暮れ。オレンジと赤に紫が混ざった空。放課後。自転車を押す3つの学生服。背負われたエナメルバック。ローファーがアスファルトを擦る音。ただの会話を取り巻く要素の全てが、それに刹那的な色と趣をもたせていた。いとをかし。

部活帰りの買い食いかな。こういうときってやたらと油ものが身体に染みて美味しいんだよね。私はメンチカツかな。なんか、いいなぁ。あ、食べたいって意味じゃないよ。


そんな、10月のとある一日。
明日は早い。寝ましょう。

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