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南の島に魅せられて 第7話

イースター

 退職前後の重苦しい日々を振り切るように、飛行機に飛び乗ってここへ逃げてきた。青い海と白い滑走路が迎えてくれる。
「ああ、帰ってきた」
思わずつぶやいて自分が驚いた。

 今回も佳家さんが迎えに来てくれた。
「なんか、たいへんだったんだって?」
目が探るように動く。そしてその色をさっと消した。
「時間あるんでしょう、とっとき見せたげるからね、もちろんカメラ持参でしょ」
 笑顔で畳みかける。あ。実はカメラ、持ってきてない。
「さぁさぁ、乗った乗った」

 車はこの間とは違う道へ入った。
 いつもは島の東側の道をまっすぐ。もしくは途中から畑の真ん中の道を行くのだ。畑は。花を生産しているので、花と言っても球根が主。だから、畑一杯咲いた花をみんな摘んでしまう。その摘む前の一瞬のとき、畑は花に覆われるのだ。フリージアの畑のあの香り、忘れない。

「今日はフリージア畑にはいかないの」
「今はねー、生花の出荷時期。みんなガラスハウスで咲かせてるよ、畑は葉っぱだけ」
「えーそうなの」
「前は5月だったからねー花まつりで島中咲かせてたよねー」
「そうだよね、いつも咲いてるわけじゃないんだ」
「そうそう、花は子孫を残すために咲くの、無駄に咲かないんだよー」
「それを摘むってか」
「球根を太らせることが子孫を残すことだからいいんですー」

 そうだよね。自然相手って厳しいよね。淡々と1年を土の中で暮らす球根たち。私もおんなじか。
 飛行場の駐車場を出ると、原野のような風景だった。ソテツがポツンぽつんと群落を作っている。海岸じゃないのにアダンの塊があって、赤い実をつけていた。あれって食べられるんだよな、前回の島知識が幸せな気分を呼び込む。

「あのさぁ、西海岸に向かってる?」
「うん、まぁ、西海岸ていうより北海岸かな?」
「ふうん?」
 車は森のような塊に潜り込んだ。坂道を下りていく。
「なんかこう、島って風雨にさらされるじゃない、島がゴリゴリ削られるわけ。で、この島は琉球石灰岩って柔らかいものでできているから、すぐ溶けちゃって絶壁になるのね、まあ、岸は地面なんだけど、その下の石灰岩も削られるから、洞穴がいっぱいできるの。奇岩っていうかな。で、西風が吹くと、岩の裂け目から汐が上がるのね、小さな津波みたいなもん」
「すごいね!面白そう」
 車は坂道を上がりだした。
「うん、自然現象としてはね。だけど、海は塩でしょ、畑に降ると塩害なのね」
 急に視界が開けた。あ。海だ。海に至る道は駐車場のようになっていて、芝が張ってある。突先は灰色の岩石だ。小さな小屋がある。
「夏はね―アイスクリーム売るんだよ」
「芝生って思ってない?」
「え」
「これは自然の芝なの、この草しか育たないんだよ、もっと先はもう、植物は育たたないのね、ハマユウ以外は」
 剣のような葉っぱがもっこりとがんばってる。これがハマユウ。
「後ろ振り返ってみて」
 アダンの群落だ。その間や後ろやに、ソテツが生えていて、隙間がない。
「アダンは知らないけどソテツはもともとあったものじゃないの。潮の害から畑を守るために植えたんだよ。畑の周りも全部ソテツが植えてあったでしょう」
 ・・・あった。
「全部植えたんだ。すごいね」
「そう。背の高い木も一緒に植えていると思うよ」

 振り返れば、ずっと向こうまで塀のようにソテツの黒緑が続いている。
 ところどころ隙間があるのは、車の出入りのためだという。
「観光客は車だからね。昔は隙間を嫌ったの、塩が入るからね」

「降りられるんだよ」
と、佳家さんは先導して岩の切れ間に消えた。
 おずおずと追いかける。ポン、と飛び降りたら
「だめっ」
と鋭い声。
「着実に。一歩一歩ってきて」
 佳家さんが深呼吸する感じがわかる。
「石灰岩はとがっているから大事故になる、海に落ちてもっ」
「はい、ごめんなさい」
 止まった足のまま、ぐるり見回した。白い光。あ。
 目の先を追うと、白いユリが咲いている。え・え・え?種が飛んだ?崖だよ?岩だよ?
 佳家さんが上ってきた。
「ああ、ユリでしょ」
 住家さんはうれしそうに言った。
「私も驚いたのよ、てっきり畑から飛んできたのかと」
「ほら、球根の傷んだのとか、畦に捨ててあるでしょ、それを海に捨てたのかと思って」
「それがね、ちがうのよ」
 明るく笑う。
「あのね、あのユリが原種。あのユリは石垣島とかから鹿児島の方まで自生する種なの」

 ユリは弱いからね、野原では生きていけなくて、何年も球根を太らせて花を持つの。小さな種が岩の間に入って、球根を作ったら、その球根はその下へ下へと潜り込むの。嵐にも風にも負けないくらい、そして水を確保するのね、葉を茂らせて何年も栄養を蓄えて精一杯花を咲かす、最初は一輪、それも小さい花さ。花が終わったら新しい球根を自分の下に作るの。もっと潜り込んでね。そして役目を終わった球根はその栄養を全部新しい球根に浴びせて太らせるの。茎の腐ったのも含めてね。

 佳家さんの話が耳に快く響く。涙が止まらない。
「大変だったのよねー、いいの、いいの、私もここで泣いたよ」
「えー、泣いてないですよ、泣いてない」
 泣いちゃったんだけどね。

 佳家さんは知らん顔して話を続ける。世間話みたいに。
「ここのユリはね、太古から咲いていたんだけど、イギリス人が難破して辿り着いて、目を付けたんだって。ナンパよ、ナンパ。命がけ」
 いたずらっぽく笑う。
「目を付けて。こいつは金になる、って」
「ほんとうに巨万の富を得たのよ。島も豊かになったんですって」

「ちょっとこの花、撮っちゃうね」
 佳家さんはカメラを取りに行った。

 岩場を下りて、海に近づく。アーチになっているところをくぐると、泡だつ、滝つぼのようなホールがあった。いつまで見ても見飽きない。涙がこぼれた。目が疲れたのよ、言い訳しなくてもいいのに。

 佳家さんは撮影に入っていた。美佐子を見つけて声をかけてきた
「あ、おつかれさま」
「ありがとうございます。すてきなとこでした」
「うん、ありがと。ちょっと待ってね」
「あ、もしかして、ホームページ用ですか?」
「そう、ここも載せようと思って。新しい感じで。でもやっぱ、光だよね、昼間は平凡になる」

「さぁ、帰ろう。あと一カ所行くけどね」
「いや、二カ所か。一緒にお昼食べようね」

 西海岸を南下する。海岸沿いを道路が走っている。海側の木は白く枯れて痛々しい。
「うん、この道路のせいだと思うんだよね、厳しいから」
「台風もすごくて海からの風が30m、立ってらんない」
 右は海。美しい渚が崖下に見え隠れする。相当高いんだろうと思う。左へ入る道がある、両脇の植物が枯れているように見える。風が入るのだろう。入り口のはずなのに傷のように見える。
 また、アダンの絡まった群落が続く。枯れ枝が混じるのは去年の台風のせいか。想像力が増す気がする。駐車場と看板のある場所に来た。荒れ果てている。建物(跡)はコンクリートブロックがあるだけ。

 佳家さんは道路際の食堂にずんずん入っていく。
「ここは予約が必要なの」
 店の前に生け簀があって、島でしか取れない魚がいた。
でランチを食べた。この世のものとも思えないくらいおいしい。
「ふっふっふぅ。そういうと思った。エビカニ大好きだもんねー」
 だけどね、空揚げも絶品なんだよ、とは佳家さんのご意見。刺身食べたくせにー。

 ドライブ再開。
 岬を何カ所か回って撮影するのに付き合う。光の加減が見たいそうだ。私も勉強になるので、じみにうれしい。 

「山に入るからねー」
「はい」
 島とも思えない、ちょっとジャングルクルージングみたいだ。ワクワクする。山の上で止まると、展望台があった。ぐるりと見まわす。森が深い。
 佳家さんは地図と首っ引きで確認してる。
「わかった」
 なにがわかったのさ?
「いくよ」

 もう一カ所、というのは、洞窟だった。
「え!火曜日定休」
「今日はだめだったけど、いつか行こうね。二人の撮影会!」

 民宿ではなっちゃんが迎えてくれた。
 2泊の予定を伝える。
 佳家さんは明日も迎えに来ると言って帰って行った。(3265字)

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