自分にとってのシアワセの形が変わってきた
(2020/2/29にはてなブログに投稿したものをこちらに移行しました)
推し活を邁進してきた10年
小学5年生で嵐を好きになってから、ほんの数ヶ月前までの約10年間「推しに関わるものの購買活動」と「現場への参戦」こそ私の生きる糧だったのです。
気付いたら方向転換
それが、2020年、年始に就活や将来について考えたら、
「自分に投資したい」
と思うようになりました。
もしかしたら、12月に行われた2moonsの和歌山ファンミとSKファンミのあまりの多幸感に満足してしまったのかもしれません。
2020年に行われるファンミーティングにはひとつも申し込んでいませんでした。
就活をしていく中で、自分のマインドを変えたいと思い、
「ミニマリスト」を目指すようになりました。
検索でひっかけたくないので伏せますが、彼ら以外眼中にないくらいだった某J所のアイドルのグッズとCDが私の部屋の大半を占めていました。
落ち込んだ時のためにライブと舞台の円盤だけ残し、これらをほとんど売りました。
メルカリだとなかなか売れず部屋に置いてあるだけになってしまうので、思い切って、段ボールに詰めるタイプのアレで回収していただきました。
ディスク類は20数枚あったけれど850円、グッズも大きな段ボール2箱で450円。
私の青春の全てはそんな価値しかなかったのかと一瞬思いました。でも、そんなことないんです、今まで払った金額に+α価値がついて少し戻ってくるなんて素敵なことだよね。
(しかしまだまだ部屋が片付かない、なぜだ、、、)
(note移行後の追記:としんみりした感じで言うてますけれども、駿河屋でも引き取ってもらいました、そっちは5万くらいになり、飛行機代として消えています。)
一押しのメンバー以外が出演する舞台も昨年頭まで流されるまま行っていました。
「とても楽しかったけれど、来なくてもよかったんじゃないか」
という思いがよぎることがありました。
2020年からは推しの舞台だとしても無条件に申し込むのではなく、
「本当に行きたい」
と思ったものに行くことにしました。
じゃあ、私の中の「自分に投資する」の定義ってなんだ???
昨年夏くらいから、普段自分が欲しい!と思ったものを
「次の現場のため」「次のグッズのため」
に我慢したくないと思うようになりました。
そして、
「推しの懐にはいるから」
という理由で自分が不必要なものを買うのも何か私にとって意味のないことに思えてしまいました。
推しに貢ぐこと=私の幸せ
という方程式はもう私の中でほとんど成り立たなくなりました。
もちろん、それが自分が実生活で必要なもの、自分が対価を支払いたいと思うものなら理にかなっているからいいのです。
だから次の渡タイのときidolo(化粧品)は買おうと思っています。
茶の間として、のんびり皆さんからのおこぼれを眺める生活にすっかり慣れてきました。
とくにタイ沼は、YouTubeやLINE TV、各種SNSもあるので☺️
自分の視野を広げるためにお金と時間を使えるようになりたい
それが今の私の目指すシアワセです。
その1番の使い道が旅行です。
ここ1ヶ月のコロナの騒ぎでますます日本が嫌いになってしまいました。
1月の末に私がギャーギャー言っている時相手にもしなかった友人たちが、今になって騒ぎ始めました。
政府も、国民性も私に合わないことが毎日嫌になるくらいわかります。
ここから抜け出してもっといろんな国を見てみたいという前から募っていた思いがもう爆発寸前になりました。
バンコクも、今までのように「推しのイベントがあるから行く」のではなく、観光を含め「現地を感じるために」行きたいという気持ちの方が今は大きいです。
第一志望の御社の社長も学生のうちに借金をしてでも、時間を存分に使っていろんなところに行っておくといいとおっしゃっていました。
実はこれを言われたのは人生で2回目で、「親を困らせすぎない程度に頼って、今年はいろんなところに行こう!」と決心しました。
(2020/03/04追記:この御社にはご縁がありませんでしたが、不採用の通知でも本当に良い言葉をかけて下さいました)
とにかく
「旅をする」
ことが今私が一番シアワセを感じることのようです。準備をしているととても楽しい💕
いよいよ来週2020年1発目の旅をします。
国内、京都です。360度カメラも中古で買ってしまいました。友人に案内してもらったりもしますが早朝とか一人でフラフラできたらいいなと思っています。
私にとっての大きな変化なので、まとめておきました。さてはて年末にはどうなってるかな、私。
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その時の京都旅行の様子はこちらからどうぞ。
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