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令和元年度の終わりは混乱とともに

元号が令和になって最初の年度末。品川で大学時代の友人と3人、食事をしていた。

仕事が終わったあとのひと時は、お互いの子どもの話だけであっという間に過ぎていった。子どもの受験が終わったばかりの解放感からか、友人はやたらとワインを飲むピッチが早い。大変だったんだよ、そうだよね、の単調な繰り返しがめっぽう楽しいのは、気の置けない仲だからこそ。

食べて、お喋りして、笑って。お店のラストオーダーの時間を過ぎても、話は尽きない。東急池上線を使う友人のために、五反田へ移動してカラオケボックスに入る。タッチパネルを操作して何を歌おうか考えていると、悪魔の知らせがほぼ同時に、3台のスマホを鳴らす。

「・・・?」「え?え?」
あたふたする2人に、「どうしたの?」と訊くわたし。携帯を見てみろと言われ見ると、大混乱に陥った子どもの同級生のお母さんたちから、これでもかという数のLINEが入っている。

事態が飲み込めたのはその数十秒後。コロナによる外出禁止令だった。学校が休みになるどころか、外に出てはいけないという。当然学童保育も休み。「保育園は?」訊いてみる。「休みだって」当然か。

一瞬にしてカラオケボックスがちょっとした嵐に見舞われる。3人が3人とも「明日の子どもの預け先」を確保するため、親やママ友に連絡を取りまくる。なんとか確保できてほっと一息。さあ、何を歌おうかとリモコンとタッチペンを再び手にして、気づく。

大人も外出できないということは、明日から会社はどうするのだろう。


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