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自閉症スペクトラムの僕は、いつ人との違いを自覚し始めたのか?


どうも、春野です。久しぶりの投稿です。

大学ちょっと頑張り過ぎたのか、二次障害のうつ状態が本格的な鬱になってしまい、心身の体調を崩していました。(死ぬかと思った)

大学の方も、大学職員の支えもあり、なんとか最後まで行けました。

かなり出席日数ギリギリだけどね。

さて、今日の話題は、「いつ人との違いを自覚し始めたのか」という話題です。


人と違うなと思ったのは、小学3年生くらいの頃


まず第一に分かりやすく、自分は人とは違うなと気づいたきっかけは、

長袖しか着れなかった点です。

これは自閉症スペクトラムのこだわりによるものらしく、周囲から奇異の目で見られていたことに気づいたことが始まりです。

半袖が腕に当たってくすぐったかったり、空気が腕に触れる感覚が気持ち悪かったのです。小学校の6年間は、どんな酷暑の中でも長袖を着ていて、先生にも変な目で見られていました

自閉症の子は感覚過敏やこだわりのせいで、服装に特徴が出ることが多いそうです。

僕はそれが顕著に出ており、本当に参っていました。あとは体操着の質感が嫌で、体育の時間はいつも億劫でしたね。

体操着は半強制的に半袖になるので、それも嫌だった。

でもそんなこと言ったら怒られたり、甘えるなと言われるのは分かっていましたから、なんとか我慢しながら体育をしていたり。正直辛かったです。

みんなはなんで平気な顔してるんだろうと不思議に思いながら、徐々に人と違う感じが増幅していきましたね。

多分、人との違いに気づくきっかけは、自閉症の感覚過敏が多いと思います。一番目に見える違いだし。


日本なのに、徐々に外国に住んでいるような気分が強くなった。


僕は自分が宇宙人なんじゃないかと思っていました。

一年生の頃から、なんか違うぞと漠然と感じてはいたのですが、3年生くらいの頃から、上記の長袖事件と関連して「なんか皆と違う気がする、僕は宇宙人なのか?」と疎外感が強まっていきました。

手応えのないコミュニケーション、
皆が笑っている時に、1人だけポツンとしていたり、
集団行動する場面が異様に疲れてしまっていたり、、、。

皆が当たり前に知っていることを、僕は何一つ知らないのです。

それはアニメとかの話ではなく、社会常識的な、空気というか。そういう概念上の話です。

自分だけ、みんなと同じ電波を受信していないような感覚。
皆だけテスト範囲が配られているのに、自分だけテスト範囲を知らされず、テストを受けているような感覚が、ずっとありました。

まだ小学生では、社会的な行動はそこまで求められませんが、中学に上がった時にはもう僕はついて行けませんでしたね。彼らだけの流れに。


本当にこの世界は訳分からず、僕はいつも疎外感を感じていました。
今も大変です、、、。



とりあえず、人との違いに気づき始めたきっかけはこんなものです。

やっぱり発達障害と診断される前のことですから、この苦しみを言語化できず、
いつも正体不明の違和感と闘ってきました。

診断されて、こういう違和感の正体が分かり、本当に良かったと思っています。

これからもなんとか対象方法を探しながら、折り合いをつけて生活していきたいものです。


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