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アガパンサス咲く細い路地の奥

犬を連れて10分くらい歩いたところに、こじんまりとかわいい隠れ家のようなパン屋さんがあって、ご夫婦二人だけでやっているというのに、パンもスイーツも絶品


ご主人がてがけた内装も素敵だし。外には、ご主人手作りのデッキもあって、とにかく居心地がいい。ちょっとしたカフェ気分。
奥さんによる包装やラッピングも素人離れしていておしゃれで、焼き菓子は、ちょっとしたギフトにもおすすめできる。とにかく、このあたりの人が自慢する、隠れ家パン屋さん。
忙しいだろうに、奥さんは花いじりも上手で、デッキには、いつも季節の花がずらりと咲いている。
六月は、アガパンサス。
パン屋さんに入っていく細い路地に咲き並ぶアガパンサスを見るのが、楽しみで楽しみで。

何年前のことか。
「ほんとに素敵」と、奥さんにアガパンサスの花を褒めた、その何ヶ月かあと。
いつものようにパンを買った私に、奥さんはもう一つ、大きな袋を持たせてくれた。ずっしりとした袋。
パンじゃない。
「え、何?」
「言ってたでしょう?アガパンサスお好きだって」
うわ~あこがれのアガパンサスの株(根っこ)をいただいて私の心は舞い上がる。
「わざわざ掘り上げてくれたの?」
「いえいえ、何年かに一度は掘り上げて、広げてるんですよ。なにしろじょうぶだからね、根っこなんか、包丁でぶったぎって、こうして袋に入れて、みなさんにお分けしてるんです」

以来、私の小さな庭でも、アガパンサスの花が楽しめるようになった。
さすがに一年目は咲かなかったが、二年目に一本つぼみが上がってきたときは、うれしかった!
三年目は3本。
パン屋の奥さんに「株分けしたら」とアドバイスされて、三カ所に分けた。年を追う毎に花数が増えていくのが、楽しみで楽しみで。

ある日のこと。突然奥さんが笑顔で言った。
「来月いっぱいで、店を閉めることにしました」
笑顔だった。
だって、いつも笑顔なんだよ彼女は。

こんなへんぴな片田舎で、夫婦二人で育てあげた、宝物のような、小さな小さなパン屋さん。地域のみんなで買い支えてあげられなかった。レジの前で、申し訳なくて、思わず泣けてしまったら、奥さんは笑顔で、「十年やってきました」
満足そうに、誇らしげに。
「楽しかった。堅気の生活にもどります」

それが、このアガパンサスにまつわる物語。

私はといえば、 
歩いてほんの10分のところに、こんなパン屋さんがある幸せ、
なんという幸せ。
その幸せに、ちっとも気づかなかった。

あって当然だった地元のパン屋さんを、突然失い、 
何年たっても、途方にくれてる。

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