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砂のお城、たった1枚の下敷きで融解する。

 一生懸命時間をかけて積み上げた砂のお城は、たった一枚の下敷きで跡形なく崩れ落ちてしまう。液体みたくなっちゃったから、ぬかるみに嵌ったように手のひらで掴めない。指先から零れ落ちるさらさらとした感触にあんぐり口がひらいたまま、茫然自失に陥る。あーあ、わたしなんだか哀れだなあ。

 五感から逃れて五感に閉じこもる。溺れそうな息苦しさは時間を膨張させる。振動が増幅し五月蝿さが反響する。人と人との空気がだんだんと反発しあう。そして空間がどんどん同心円上に広がってゆく。ひとりだなあ。ひとり、一人、独り。お祭り気分に馴染めない夏の夜に酷似するじめったい空気感と水飴がべたべたと纏わりつくような湿度の匂い。みんな存在するけど居なくなってしまった感覚に近い。ぽつんと空虚が佇む。わたしひとりでお留守番。『真夏の卒業式』を口ずさんで哀しみを紛らわすの。意外とその行為は忘却を空の彼方へふわっと飛ばせて結構楽しいよ。重たい庭石のような思考ごとするりとずらせるの。

 透明で純朴な水溜まりが濁って向こう岸が見えない。誰かが墨汁を垂らしたのだろう。きっとそいつは砂の城を見つけたら下敷きで仰ぐだろうな。

 馬鹿のふりをする。視界は霞んでゆく。稚児の握力で築き上げた立派な砂の牙城はさらさらと流れてゆく。

ps.夏に揉まれて体調を崩し始めた頃、リビングでよく『真夏の卒業式』を口ずさんでいたことを思い出して言葉にしてみました。

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