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ピントがズレたのは、私達が大人になったから

朝6時、ロンドン。ルームメイトがバタバタと身支度をする音で意識が目覚める。

頭も体もまだ眠っているため、すぐに眠りに戻ろうとするけど、戻った先は物凄く浅いところで、それが自分の意識の中なのか、はたまた夢なのかは判断がつかない。

そんな”浅いどこか”で、最近よく出くわす二人がいる。遠い昔に仲が良かった人たち。

仲が良かったと言ってもそのうちの一人は、私が昔お付き合いをしていた人だからまた関係性は違うのかもしれないけど、とにかく二人とも私にとって近い人だった。

三人で仲がよくて、ずっと一緒にいたわけじゃないけど、その時は多くを共有して一緒に学んだ。今はもうバラバラになってしまったのだけど。

「あと数年で結婚すると思う。」

結婚が近いと他の友達から噂で聞いていたから、久しぶりの再会の前にこの報告を電話越しで受けたときは、驚きもしなかった。

でも、多分心の奥がちくりと痛んだ。あ、あの噂って本当だったんだね、と。

「おぉ!おめでとう。」

知ってたよ。は心の中で付け足した。

平静を装っていたんだと思う。何かがちくりって音を立てたのには気づいていた。

でも、その“ちくり”が何だったのかはわからなかった。だってお付き合いをしていたのは十年以上も前の話。恋心なんてものは遠の昔に消え去っていたのに。

今年の末に会う約束をして電話を切った。

世はクリスマスだった。

地元からきた友達を沢山集めて、私の遠い元彼とその人の恋人も一緒に、お祝いした。

最近よく夢に出てくるもう一人の友人とは、昔と変わらず笑いながら今何をしていて何を目指していて、そんな話をした。

私はいま海外にいて、当時考えもしなかった道を進んでいる。
その友人はいま東京にいて、当時考えもしなかっただろう仕事をしている。

名前や稼いだお金で判断されるこの世の中で、私たちは何となく浮いてみえた。

でも浮いてみえたのは私だけで、その友人は東京にしっかりと染まっていたのかもしれない。あの流れのはやい街の中で、しっかりと根を下ろして毎日を過ごしているのだから。

同じ部屋には、あの頃みたいにジョークを飛ばしあって笑っている地元の友達たち。

話す内容がちょっと大人になっただけで、私たちは変わっていなかったようにも思えた。

でも、当時一番存在が近いと思っていたその人とは、同じようには話せなかった。多分私が怯えていたんだと思う。

私とタイプが真逆の可愛いあの子と、
ベクトルが違うところを向いたあの人の価値観に。

いろんなものがぐるぐる回っていて、逃げ出したくなった。

当時は同じところを目指していたけど、今は別々の道を歩いている。交わることのない問題を抱えて、重なることのない夢に想いを馳せて、違った未来に向かって進んでいる。

私たちは変わってしまったんだ、ということを実感した。もうあの頃みたいに笑いあえない。

“ちくり”

”浅いどこか”の中で、私たちは歌っていた。私ともう一人の友人。

隣でその人も座っていたけど、私たちには参加しない。
一言も発さない。こちらには一瞥もくれない。

届かない半分の想い
届かない半分の気持ち
叶わないクリスマスの想い
足りない半分をスープでうめた

変な歌だった。

でも、そんな歌を夢の中の私たちは真剣に口ずさんでいた。

私たちは変わらないよ。変わらずにここにいるよ。と叫ぶように。

”浅いどこか”から、ゆっくりと日常に目を向ける。

私たちは大人になった。

私は自分だけがすっかり変わってしまったと思ったのだけど、多分変わったのは私だけでなくて、みんな。

みんな成長して大人になって、自分の価値観を持ったんだ。その価値観にピントを合わせたら、そりゃ私とは違うものが見えるよね。

”ちくり” はきっと、もう昔のようには戻れないと知った痛み。

オススメの音楽を一緒に聴いたり、
あの番組面白かったよね、とか
英語のテストで一番になった!なんて、

もうきっと話さない。もう同じ気持ちを共有することもない。

私たちは大人になったんだ。

大人になるってことがそんなに悲しいことなら、大人にならなくても良かったかな。なんて思ったこともある。

でも、もう戻れないし、戻らない。

私はわたしが見つけた価値観の小さな芽を大切にして、それを一緒に慈しんでくれる人と一緒にいまを歩く。

出会っては別れて、その瞬間を共有して、私たちは成長していく。

きっと大人になることは悲しいことなんかじゃない。そのときは辛いかもしれないけど、"ちくり"としたその小さな痛みの分だけ自分の変化に気づくことができる。

同じ歌を歌えることができる人とまた巡り会える。巡りあえたとき、きっと私たちはまた一つ大人になるんだ。


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ハルノ

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