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#24 社会人編 〜魅惑のドラム式洗濯機〜

男の一人暮らしと言って、非常に困るものといえば洗濯だ。

ご飯は正直適当でいいし、なんなら今どきコンビニに手軽で美味しい惣菜だって売っている。

わざわざ仕事で疲れた体に鞭打って、主婦たちの戦場たるスーパーマーケットでタイムセールになる格安の食材を買い、一人寂しく自炊する…おそらく気力がもたないだろう。

掃除だって、掃除機さえあれば大抵なんとかなるし、平日の日中なんてそもそも家にいない。

そうなると、最も困るのが洗濯なのだ。

私は社会人1年目となった春に、新生活をするにあたり一通りの家具を揃えた。電気屋でよくある、

「社会人、新生活セット7点!!」

みたいなセール品だったのだが、あの手の品の安さには当然だが裏がある。

安いとはいえ新品なので一応使える。使えるのだが全体的に中途半端なのだ。

アイロンは、ワイシャツを綺麗に伸ばすには温度が足りずシワが若干残るし、炊飯器は一合の目盛りで水を入れると10分粥みたいな感じになるので、メモリの3mmほど下にして炊く。

その極め付きが洗濯機で、基本的にやつは硬派なのだ。

意味が分からないと文句を言われてしまうかもしれない。だが本当にやつは硬派な洗濯機なのだ。

柔らかい手触りのタオルも、あの洗濯機に入れるとどれだけ柔軟剤を入れようともカピカピの洗濯物になって出てくる。

もっとフレキシブルになろうぜ、と思うのだがやつは

「そんな横文字には靡かない!」

とばかりに、買いたての服をゴワゴワにしてくる。なんて手強いやつなんだ。

そんな洗濯機との死闘を私は5年ほど続けたのだ。

ある日、いつものように言うことを聞かないあの洗濯機に負け惜しみの如く多めの柔軟剤を入れて洗っていると、

「ゴリっ!ゴリっ!!」

と本来洗濯機からは絶対しないだろうし、多分してはならない音が響いてきた。

見たくないなあ。

という気持ちはありつつも、洗濯機を止め中の槽を見てみると、

「なんだこれ」

見た人が10人いたら10人とも思う、灰色をした削りカスのようなものが浮かんでいたのだ。

最初、洗っていけないものを入れてしまったのかも、と考えたのだがそうではなかった。

よくよく洗濯槽の周りを見てみると、なんと洗濯槽と洗濯機の内壁の間でクッションとなるゴムパッキンが摩耗で、ボロボロに崩れ落ちていたのだった。

「ひえっ!」

と、本当に声にならない悲鳴をあげた私は、しばらく現実を直視するのをやめた。そして落ち着いてもう一度見る。やっぱりゴムが擦り切れて焦げてボロボロになっていた。

「さっきのゴリゴリした音は、クッションがなくなって直接内壁に洗濯槽があっていた音か!」

と納得したが、問題は解決していない。

新生活セットの洗濯機だから、きっとこれも何かは中途半端だろうと思ってはいた。しかしまさかそれがゴムパッキンだと想像できただろうか。

もはや時すでに遅しである。

そこで、色々とインターネットや口コミを利用して、どうやら巷ではドラム式洗濯機とやらがすごく良いという情報を掴んだ。

しかも基本乾燥機が付いているので、洗濯物を干す時間も省けると言う代物らしいのだ。

これはいい、ドラム式洗濯機を買おう!

と思い立った私はゴムパッキン事件の日と同日に家電量販店に赴き、推しの強いお姉さん店員のお勧め洗濯機を聞くことになったのだ。

そりゃもう推しがすごかった。何せお金もそんなにないと言うのに(某旧○○電機)の25万円くらいするドラム式洗濯機を勧めてくるのだ。

まだ、何が良いのかもわかっていないのに、

「じゃあそれで!」

なんて言って25万円出せる人間がいるわけがない。おそらく私が仮に、万が一、いや億が一高額所得者だったとしても、おいそれと25万円を出すことはないと思う。それくらいにドラム式は高いのだ。

あのゴムパッキンの洗濯機は無しだが、縦型ならば10万円程度でもそこそこ良いものもある。…くっ、この選択は失敗だったのか?

などと絶妙にうまいようなことを考えながら、まだ止まらないお姉さん店員の話を聞き流していると、一台のドラム式洗濯機が目に入る。

「これは、どうなんですか?」

と、まだしゃべりたそうなお姉さんの説明を強制ストップし、質問する。

「あ、そちらは(旧サザエさんのスポンサーメーカー)のドラム式洗濯機で、現品限りなので、特価なんです。」

と、普段ならそれこそ20万以上する洗濯機がなんと16万円で売られていたのだ。現品限りらしいが、目立った傷も故障もない。

君のような商品を待っていたんだよ!

とばかりに、光を失いかけていた私の目に輝きが戻り、お姉さんの話をぶった斬った挙句、

「この洗濯機にします!」

と、説明もなかった16万円のドラム式洗濯機を買うことになった。あの時のお姉さん店員の顔はよく覚えているが仕方ないのだ、ぜひ許してほしい。

そして私の家に、新生活セットではないドラム式洗濯機が設置された。

結論からいえば、彼は大変軟派なやつだった。以前のものと打って変わって、柔軟剤なんかなくとも、ボロボロのタオルがフワッフワになって出てくるのだ。

あの時の感動は、おそらくクララが立った時の感動より大きかったと思う。それくらい感動した。

こいつはすごいやつだ、16万円支払っただけの価値はあるぞ!と興奮冷めやらぬ私はその日、友人にわざわざ電話をし、

「聞いて聞いて、ドラム式洗濯機買っちゃった!すごいわー、あれ。」

と早速自慢した。とにかくこの興奮を聞いてもらいたかったわけである。

すると友人が

「あ、買ったんだ。いいよねードラム式。うちにも(某旧○○電機)のドラム式洗濯機あるけど、ほんと仕上がりがすごいよね。」

と返してきたわけである。

ん?

お気づきだろうか。友人の言っている洗濯機は、間違いでなければあのお姉さん店員が最初に勧めてきた25万円するやつじゃないだろうか。

「もしかしてそれ20万以上するやつ?」

「そうそう、25万くらいだったかな?」

…唖然である。高額所得者だったとしても私は二の足を踏むあの洗濯機を、友人は既に買っていたのだ。

「お、おぉ…いいよね。じゃあ、そういうことで。」

と電話を切る私。どういうことなのかはいまいち分からないが、もうさっきまでの興奮はスンっと落ち着いていた。

友人の衝撃発言はあったものの、魅惑のドラム式洗濯機を手に入れた私は今も愛用している。と共に、世間の狭さをまさかの洗濯機で感じることとなったのだ。

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