一升餅とカメラロール

わたしには幸せな原体験がある。祖父の家で、毎年のお正月恒例だった、親族の集まりだ。父方の祖父は明治うまれの厳しい人で、箸の持ち方が悪かったり足を崩して座っていると、重くて硬い煙管で頭をコツンとされた。でも近所のお祭りや正月の初詣には必ず連れて行ってくれて、いろんな話をしてくれた、孫に優しいおじいちゃんだった。

お正月には祖父の家に息子(わたしの父)と娘と、孫たちが集った。父は末っ子で、わたしは遅くに生まれた長女だったこともあり、年上のいとこたちはずいぶんお兄さんだった。いま思うと話しを合わせてくれた面も多々あったと思うが、みんなでやるボードゲームやかるたは本当に面白かった。

上座に座った祖父は静かに酒を飲み、祖母がそのお酌をする。父と兄妹たちは旺盛におしゃべりをし、孫たちがそれを囲むように転げ回る。わたしは祖父も伯父もいとこたちも大好きで、毎年の集まりがとても楽しかった。

残念なことに、祖父が亡くなり、祖母が亡くなり、わたしも社会人になってからは、その集まりは途絶えてしまった。法事などで集まると盛んにおしゃべりをして大騒ぎするのだが、父も父の兄妹も高齢になって、誰かが音頭を取って集まることをしなくなってしまったのだ。

それでもずっと、あの親族の集まりは楽しい思い出としてわたしの中にあった。年に数回しか会わないけれど、成長を喜び、お互いの息災を祝い合う、そんな関係。

娘が今年の5月に1歳を迎えるとなったとき、あの集まりを再現してみたい、と思った。年に数回しか会わなくても、お互いの息災を祝い合う親戚、みたいな友だちづきあいをしてみたいと思ったのだ。夫にその企画を持ちかけると、二つ返事で賛成してくれた。

娘の誕生祝いにかこつけた単なる飲み会にしてもよかったのだが、1歳の記念ということで『一升餅』というセレモニーをしてみることにした。一升=1.8kgの餅を風呂敷につつんで子どもに背負わせ、歩かせたりハイハイをさせる、というものだ。一升=一生食べるのに困らないとか、一生の健康を願うとか、よくある語呂合わせなのだが、娘が激しくハイハイをするようになったのもみんなに見てもらいたいし、これだと思った。

招待のメールを送り、ふるまい酒を準備し、部屋を飾り付け、餅を発注した。なんと名前入りの餅を準備してくれる餅屋があり、ネットで注文できるのだ。いまは何でもネットで手に入るなあと感心して、部屋飾りもAmazonで注文しまくった。ありがたい時代である。(お酒はカクヤスで頼んだがこれも出前館経由だ)

当日は真夏日と言われるほど暑い中、狭い我が家に10人もの友だちが集まってくれた。つながりがある人も初対面同士もいたが、娘を肴に、なんだかんだで盛り上がってくれた。お酒がほどよく進んだ頃合いをみて『一升餅』のセレモニーは執り行われ、娘は餅を背負ってギャン泣きしながらも、立派なハイハイをしてみせてくれた。

お酒やプレゼントを手に友だちが続々と訪ねてくるのを見て、なんだか胸が熱くなった。夫も同じ気持ちだったようで、リビングに座る友だちの写真を遠くから撮って、「なんかお正月みたい」と笑ってくれた。わたしもそう思う。娘の1歳というめでたい席で、大好きな友だち同士がお酒を飲んで、他愛もない話でワッハッハと笑っている。サイコーだな、と思った。

正直にいうとわたしは飲みすぎてしまい、後半のもてなしは夫にまかせっきりだったが本当に楽しかった。部屋飾りのゴム風船がしぼんでも、嬉しい気持ちはしぼまなかった。親戚づきあいはなくなってしまったが、わたしはわたしのつながりを作ることができる。

今回の飲み会を準備しながら、「でも、娘はまだ小さいから大人になっても覚えてないよね。娘のお祝いと言いつつ、わたしの自己満足なんだよな〜」と夫にこぼしたことがあった。なんだかんだで準備はバタバタしたし、赤子がいて毎日散らかる家に人を迎えられるよう整えてくれる夫もナーバスになったり、やる意味あるのかな……と少し不安になったのだ。

夫はそれに否定することも反論することもなく、「それでも、娘が大人になって写真でも見たときに「そっか〜」って言ってくれれば、いいんじゃない?」と言ってくれた。

友だちからしても、他人の子どもの誕生日なんて、実際どうでもいいかもしれない。でもまあ、何年後かに思い出したり、カメラロールの写真を見返したときに「こんな会あったな〜〜」と笑ってくれればいい。そう思ったら、なんだかふっきれた。

しこたま飲んで起きた翌朝、カメラロールを見るとわけのわからん写真がたくさんあって、昨日の楽しさを物語っているようだった。そのままスクロールすると、5月は娘の誕生月だから、やたらと写真の枚数が多かった。妊娠して身体が重くなり、精神的にもナーバスで家からあまり出なかった頃とは大違いだ。

わたしはすぐに出来事を忘れてしまうけれど、代わりにカメラロールがしっかり覚えていてくれる。ありがたい時代になったな、とまた思った。毎月こんな大騒ぎはできないけれど、それなりにカメラロールが充実する日々を送っていければいいと思う。集まってくれたみんな、ありがとう。

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