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三ツ矢サイダー

2023年8月5日 晴れ 最高気温34℃ 最低気温24℃

連日の厳しい暑さ。
昨年は昨年で「暑い暑い」と言っていたはずなのに、ここまでの暑さは私が三春で暮らすようになってから初めてかもしれない。雨続きの夏よりは良い気もするけれど、それにしても東北で30℃超えの日がここまで続くと、さすがに心配になってくる。

in-kyoの開店準備で外に出て、花壇の水まきや窓ふきをしているだけで汗が噴き出てくる。これは決して更年期というお年頃だからではなく、暑さのせい。絶対に。と、ここまで暑さに対して不満を言っているようだけれど、私は夏が案外と嫌いではない。むしろ好きだったりする。
 鼻歌交じりに開店準備。店内は冷房を利かせているというのに作業を終えてもしばらく汗が引かない。こんな暑い日はお客様もきっとゆっくりだろう。コーヒーでもいれてひと息つこうかなどととのんびり構えていたら、開店と同時にお若い女性のお客様がご来店。
「いらっしゃいませ」
涼しい顔してごあいさつ。何度かご来店下さったことのある方だ。ご自宅用に数点とお友達へのギフトを選んで下さってお会計が済むと、
「すぐ戻って来るので、外に出てきても良いですか?」
「はい。ではその間にギフト包装をしておきますね」
お包みを終えて、袋詰めをしているところへちょうどお客様が戻っていらした。すると、
「自分のを買いに行ったのですが、これ良かったらどうぞ」
そう言って差し出されたのは白とグリーンの見覚えのある配色、ペットボトルの三ツ矢サイダーだった。あまりにも予想外のことに気の利いた言葉がスルリと出てこなかったが、とてつもなく嬉しかった。私が暑そうにしていたからかもしれない。私よりうんとお若いのに、こんなにもさり気なく人への心遣いができるだなんておばさんは感激だ。心からお礼を言って、ありがたく頂戴することにした。
お茶ではなく、コーヒーやフルーツジュースなどでもない、「三ツ矢サイダー」 普段、自分で好んで飲むことはない。数年ぶりだ。けれどもなんだかそれは爽やかさをまとった、とても好感が持てるセレクトだった。

三ツ矢サイダーといえば、今でも忘れられないことがある。
私たち夫婦が結婚を機に福島へ移住をすることになり、住む家を探していた頃のこと。今から7~8年前になる。知人を介して知り合った三春町に住む喜一さんが、会って間もない私たち夫婦をご自宅へ招いて下さったことがあった。前々から予定していた訪問でもない突然のこと。見ず知らずの急な来客だというのに奥様は嫌な顔ひとつせず、にこやかに歓迎して下さった。ちょうど季節は今頃だったのではないだろうか。居間へと通され、そこからの外の眺めは、青々と茂る山の木々。清々するほどの夏の空と景色が広がっていた。蝉や鳥の鳴き声も聞こえていただろうか。扇風機がゆっくりと首を振りながら風の通り道をつくっていた。そこへ奥様がうちわとともに座卓へ運んで来て下さったのが、氷の入ったコップに注がれた三ツ矢サイダーだった。シュワシュワとガラスのコップの中で小さな気泡が躍る透明な液体。普段は冷たいジュースを飲まないものだから、ずいぶんと久しぶりの再会のような気がした。おまけにスイカまでごちそうになって、まるで夏休みに帰省でもしたような気分。はじめてお邪魔したお宅だというのに不思議と懐かしく、一気に子どもの頃の夏の記憶が蘇ってくるようだった。
 
あの日がなかったら私たちが三春に住むことはなかったかもしれない。そう言ったら大袈裟だろうか。いや、何事がなくても三春に住んでいたのかもしれない。ただ、あのひとときがあったのとなかったのとでは、その先の暮らしへの思い入れの深さが違っていたような気はする。三ツ矢サイダーのあるあの夏の日の風景。それは私たちがまだ住む家もお店の場所も見つかっていないというのに何の根拠もなく、暮らす場所は絶対三春にしよう!という決意にも似たものを抱いたことにつながっているような気がしている。そう思わせてくれたのは喜一さんと奥さまとの出会いがあったから。こんな方が暮らしている町はきっといい場所に違いないと。お二人には今でもずっとお世話になっていてる。