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【連載第3回】品質は犬小屋で始まり犬小屋で終わる 『クラフトビールフォアザギークス』全文無料公開

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https://note.com/hasegawashojiro/n/n4f1c4f3bc6f3


品質は犬小屋で始まり家で終わる

自分のビールの素晴らしさを自分以上に知っている人はいない

ここに君のための求人がある。僕らのようなブルワリーでは実際にスタッフの何人かに給料を払った上で、部屋の中で座ってもらってビールを飲ませている。「それは世界で最も素晴らしい仕事だ」だって? そうかもしれないが、重い責任が伴う。ブリュードッグの官能評価担当者は、単に酒を飲むために雇われているのではなく(彼らが酒を飲むのは日常茶飯事だけれども)、しっかりと味わうために雇われている。自分たちのビールを飲ませるために給料を出している理由は単純明快。そのビールがどんな味わいを持つべきかを、地球上の誰よりも知っているからだ。

ブルワーは、醸造工程の各所が可能な限り最良であることを確認し、ビールが意図した通りの出来上がりに確実になるように、24 時間体制で作業を行う。企業としてのブルワリーは、作業が無駄になっていないか、途中で何か不都合なことが起こっていないか、ブルワーの仕事をなぞるようにして、最初から最後まで確認する必要がある。僕らが届けるビールは、どれも素晴らしくなければならない。そしてビールの品質に関しては、つくった僕ら自身が最大の批評家だ。

ではそのとき、何を探せばいいのか。

最初に言わなければならないのは、重要な点として、前の段落では実際よりもかなり型にはまった言い方をしたということだ。僕らの品質管理チームは、完成したビールが手元に届くのをただ座って待つことはしない。ブルワリー、いや実際には、ブルワーが署名付きで報告してくるよりもずっと前から、ビールのあらゆる側面を掘り下げている。麦芽の袋を切り開き、お湯の中に投入する際も、品質チームがあらゆる面で品質が適切かどうかチェックしている。

僕らの品質管理(QA)に関する取り組みは、三つの部分に分けられる。ビールそのものに関するのはそのうち一つしかない。また、原料が入荷してきてから、それらを使う前に、入念にチェックする。これから、「ビールの4 要素(麦芽、ホップ、水、酵母)」を一つずつ取り上げ、それらが素晴らしいビールをつくるのにどのような役割を担っているかを解説しよう。

麦芽 
品質管理チームは、毎回の仕込みがレシピ通りであることを確認するために色合わせを行うほか、「コングレスマッシュテスト」を実施している。これは、麦芽粉砕、糖化、麦汁ろ過の工程を小規模で実施し、仕込みを再現することだ。そうしてできた「コングレス麦汁」は、重力、pH(水素イオン指数)、色など多くの項目をチェックし、続いて実施する大規模な仕込みを行う際にブルワーが気づくであろう点を、正確に再現する。僕らのQAチームは、最初にすべてをチェックする。予断は禁物だ。

ホップ 
僕らの研究室では、多くの機器が静かに稼働している。その中にガスクロマトグラフがあり、ホップが届くたびにそれで分析をしている。その方法は、ホップの精油に含まれる化合物と、主要な揮発性物質を分離し、ホップ販売者が送ってきたデータと比較することだ。すべての項目が一致していることが確認できれば、ホップをビールづくりに使えると判断する。

水 
ブリュードッグでは水の検査を大規模で実施していて、通常使用する水と醸造用水についてイオンを完全に分析している。醸造用水に関しては超精密なろ過と紫外線処理も施している。ブルワリーが使うすべての水源は、硬度、pH、リン酸塩、硫酸塩、亜硫酸塩、鉄などの溶存ミネラルについて、毎週検査している。さらにバクテリアや野生酵母が浮遊していないかどうかも検査している(そのために紫外線処理もしている)。

酵母 
ブルワリーで最も重要な役割を担っているのが酵母だ。酵母はコロニーを形成する生物でもあるため、彼らが幸福かつ健康であることを確認するために、僕らができるすべての分析をしている。僕らの微生物学者チームは、酵母投入前から醸造完了までの間ずっと、さまざまな酵母株を間近で観察している。ブルワリーの成功は、すべて酵母にかかっている。
原材料の他にも、すべての容器詰めライン、すべての洗浄システムや配管(そこで使用されている水を含む)、その他の環境チェックに適合した、ブルワリーのあらゆる部分を管理しなければならない。僕らのブルワリーは食品と健康面の安全性の認証を取得していて、スタッフはこの認証を取得するために大変な努力をしている。そのために、僕らはビールの試醸、チェック、データ収集などをすべて実施している(これらすべてを実施していないビールは出荷しない)。正直、骨の折れる仕事だ。

微生物学の徹底的な活用 
一般的な醸造用酵母、野生酵母、そしてブルワリー内にいるべきではない、ビールを台なしにしてしまうあらゆる生物がいないかどうかチェックする。

分析 
比重、アルコール度数、pH、IBU(国際苦味成分量単位)、色、濁り、VDK(ビシナルジケトン、またはジ(ダイ)アセチル)、低沸点揮発分(アセトアルデヒド、DMS(硫化ジメチル)、各種エステル、ホップの揮発成分など)。要するに、化学分析によって発見されるあらゆるオフフレーバーだ。

ビール充填の品質 
酸素、二酸化炭素、窒素、ビールを容器に充填する際のあふれ・不足、充填そのものの品質、ラベルの品質、缶の蓋と胴の一体化の具合を確認する。

官能分析 
新しい銘柄のための定量的に記述する分析をして、既存のビールが意図通りの出来上がりになっているかを確認する。

僕らの研究室のスタッフはいつも忙しく働いている。ブルワリーの生死は、お客に提供されたグラスの中身で決まる。もしビールにDMSの甘味を想起させる香りがしたり、醸造機器が野生酵母に汚染されていたりしたら、お客よりもずっと前に把握している必要がある。瓶の中のビールがいっぱい入りすぎていないか、反対に不足していないかもチェックしている(飲めるビールが少なくなるだけでなく、酸素が多く入ってしまっているリスクがある)。

僕らの素晴らしい研究室メンバー、そして世界中のクラフトブルワリーで同じような仕事をしている人たちは、ビールづくりの最後の防衛線だ。彼らの献身的な努力と熟練した目、鼻、味蕾がなければ、買ってもらったビールの多くが、一口飲んだだけでシンクに流されてしまうことになる。質の高いスタッフは、僕らを毎日支えてくれる。時にはお金を払って自分のビールを飲むことも大事だ。見るだけでは分からないことが分かるかもしれない…。

ビールの4要素2.0

ビールは常に進化し、とどまることを知らない。味わいが複雑で、新しい銘柄が絶え間なく発売される素晴らしい世界を突き進んできた中で、ある一つのことが真実だと今まで以上に分かってきた。ソーシャルメディア、ビールの格付け、ラベルアート、新銘柄を続々と発売することといった新しい力が、クラフトビールを新たな領域へと押し上げているが、「四つの要素」がなければビールは存在できない。

水、ホップ、酵母、麦芽─―。これらは『クラフトビールフォアザピープル』でも取り上げたが、いまだに素晴らしい「四つの要素」だ。すべての自家醸造者は、なんとかかき集められたどんな初心者用の醸造器具を使おうと(もしくは、運が良ければ、初心者用の器具一式を購入していても)、これらの四つとともに醸造という冒険を始める。仕事としてビールをつくっているすべてのブルワーは、大規模な醸造器具(運が良ければ、ビールづくりのために購入したもの)に4 要素を入れて、仕込み日を始める。4 要素はビールの基礎であり、僕らの業界全体が乗っかっている構造としての基礎でもある。

最も単純に言えば、4 要素は互いに長所を引き出し合うために使われる。麦芽がなければ、酵母は何も食べられない。ホップがなければ結果として得られる酒は美味しくなく、ホップ由来の苦味や香りという味わいを欠く。そして水がなければ…それはさしずめ、ボウルの中に何かの穀物や植物が盛られていて、その上に乗っている酵母はよだれを垂らして意気消沈している、という様相になるだろう。ビールづくりには、4 要素のすべてがそろっていなければならない。そしてブルワーも必要だ。ブルワーは常に5 番目の歯車だ。

本書では「ブルワー」という言葉を多用しているが、本当の意味では、ブルワリーに所属する数十人、数百人のことを指す。多くのクラフトブルワーは一人だけのバンドで、その一人がすべての役割を果たすことを考えると、驚かざるを得ない。「ブルワリーに所属するすべての人たち」という言葉には、素晴らしいビールを作るために情報を提供してきてくれたが、今は所属していない人たちのことも含まれる

どんなに勤勉な人たちがいても、ビールづくりは麦芽、水、ホップ、酵母の4 要素が負っている。4 要素は構成要素であると同時に、信じられないほど複雑な原料にもなり、それぞれに裏話がある。ブルワリーに届く麦芽の袋の裏には、製麦工場と農家の名前が書いてある。ホップも同様だ。水は無数の物語を持っている。酵母もそうだが、なんというか、ぶっ飛んでいる。
4 要素のそれぞれをもう少し掘り下げて、新しい世界をのぞいてみよう。

(つづく)

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連載第2回

https://note.com/hasegawashojiro/n/n5e7a43b78859

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