友達の距離感はそれぞれでいい

KAI-YOUの新年会が渋谷のロフト9であって、たくさんの人が来てくださる。ありがとうございました。会場の其処此処で、お酒を酌み交わしつつ会話に花が咲いていて、気分良く音楽が流れていて、すごく高揚した。

誰でも来ていいですよ、とTwitterで呼びかけていたら、KAI-YOUの仕事とはぜんぜん関係のない友達からDMが届く。

「その新年会はちょっとお話しするくらいに、ふらっと行っても平気?」

キャッシュオンシステムでよかった。「もちろん!」と返事をすると、彼はほんとうに来てくれた。ええと、最後に会ったのはいつだったかな。なぜだか、彼と会うと池袋のサンシャイン通りの入り口あたりにある中華料理屋で飲んだ記憶が出てくるんだけど、あれだってもう何年前のことなんだか。

彼とはなんだかんだ、もう、干支一周を超えた付き合いになっている。頻繁に会うわけではないんだけど、タイミングがあったりしたときに近況報告なんかをしながら話す。実は、過去には女性がらみで一悶着あったこともなくはないのだけど(いや、この件は基本的にぼくが冴えないだけ……)、そんなのも「こんなこともあったよね」で、いまは笑えるようになってしまった。

最初に会った頃、ぼくは高校生だったし、彼はたしか専門学校を出てからパソコンショップでフリーターをしていた。彼が住んでいた上板橋のアパートの間取りを今でも覚えている。正面が小学校で、昼過ぎになると校庭から明るい声が聞こえてきたりしたんだ。ぼくにとっての「板橋区」の思い出。

で、そんなふたりも歳を重ね、仕事も変わった。彼は興味関心を活かして、とある社団法人で専門性の高い職に就いている。最近は通信制の大学にも通っているらしく、その向学心は素直にすごいと感じた。さらに、嬉しい報告もいくつか飛び出して、あぁ、なんというか、歳を取るのも悪くないものね……なんて思って、ぼくはレモンサワーやハイボールを飲んだ。彼はジンジャーなんとかってお酒を一杯、おごってくれた(ごちそうさまでした)。

「俺たちって、このままずっとこんな感じで付き合っていきそうだよね」

彼がそう言ったとき、ぼくも同じことを考えていた。むしろ、彼とぼくはおしゃべりだから、頻繁に会ってたら疲れてしまう気もする。

最近こんなことがあったんだよ。そういえばあの時の女の子ってさ。昨日面白い話をたまたま聞いたんだけど。仕事で忘れられないお客さんがいたよ。そんなに彼女が可愛いなら見せろって。今度お祝い持って遊びに行くね。あはは。

そんなふうに、人生の流れのなかで、お互いのことをとくべつに意識することなんかなくても、会えばお互いのことを話し合って、笑える間柄。それだって、じゅうぶんに友達って呼んでいいはず。なにより、そんな人がひとりでも多くいてくれることは、豊かだなって、おもう。

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すき!
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長谷川賢人

86世代のフリーランス編集者/ライター。日本大学芸術学部文芸学科卒。noteでは音声配信も。ラジオのお仕事したい!ウェブメディアを中心に仕事しております。参考事例は → https://hasegawakento.com/

なるべく上等な劣等感日記

誰も劣等感を脱ぎ捨てることはできない。人生はけっして素晴らしいものではないが、どうせ生き続けなければならないのなら、なるべく上等な劣等感を身につけた方がいい。 ──吉行淳之介
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