愛しさの温度は人肌くらい

その建物は円形で、本屋とラブホテルが縦真っ二つに半円ずつで共存していた。最上階付近は一つのフロアで集会ができるようになっていて、たくさんの男女が歌っているなか、ヒステリックな喧嘩をしているカップルもいた。ぼくは喧嘩、というより怒声が苦手なので、その場を早々に離れる。

出発の時間が迫る。埼玉県所沢のさらに奥まで取材に向かわないといけないのに、必要なものが見つからなくて建物内を走り回っていた。

納品しなければならない原稿の〆切もある。スマートフォンは何度もプッシュ通知を鳴らしていて、ぼくは慌てて、目の前にあった80インチはあろうかという大型テレビを借りてチャットワークにログインして「すみません」と書き込んだ、その瞬間。

画面が、ドーンという音ともに真っ暗になり、2000年代初頭かと思うような黒背景に特大の黄色文字で「告発!!!!」と書かれたページが表示される。慌てて目を走らせると、ぼくの顔写真入りで「ウェブメディア業界の癌であり、彼のせいで全ての進行が滞っている」という趣旨の告発記事だった。

「ブラクラかよ!ねぇ!なんか告発されてるんだけど、おれ!!」

テレビの後ろ側で、背中を見せて立っている友達に声をかけても、彼らは振り向いてもくれない。スマートフォンの通知はなりやまず、告発記事のフォントサイズはますます過剰になっていく──。

目が覚めて、まだ室内には夜と朝のあいだくらいの光がもれていて、ぼくは隣で眠る恋人の背に思わず手を伸ばす。夢の中の「彼ら」とちがって、恋人はすぐに気づいてぼくの顔を見る。眠たげなその表情に、ぼくはそれまでの恐怖から解放されて、体が震えだす。

「怖い夢、みた」

恋人は胸を借してくれる。呼吸を落ち着けながら、ぽつぽつと見た夢の内容を話す。まだ、駆けずり回っていた建物みたいに、夢と現実がぼくのなかで半々。

「おつかれさま。もし、そうなっても一緒にいるからね、大丈夫、大丈夫」

その声に、ぼくは落ち着きを取り戻していった。未来のことなんて保証はできないってわかってるけど、ぼくは心の深くに置かれたその言葉を、抱き枕みたいにぎゅっとする。恋人の温度が、外からも中からもぼくをなぐさめてくれる。愛しさに温度があるとすれば、それはやっぱり人肌ぐらいなんだろう。

朝を、わたわたと過ごして、今日もインタビューと取材を一つずつ。これ以上、心配かけないように、まずは納品も一つずつ。反省しています。

#日記 #エッセイ #コラム

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