総ツッコミ社会がもたらす絶対正義のぶつけ合い

こんにちは。
お久しぶりですね。
GWも最終日となりましたがいかがお過ごしでしょうか?

まれに更新するnote.
果たして私の文章に誰が目を通すのか。
そうした疑念が残りますが、つらつらと書いてみますね。
暇つぶし程度にお付き合いくださいませ。

現在猛威を奮っているウイルスさんですが
その影響もあって非常事態宣言が5月末に伸びましたね。。。
私自身このGWは一度も外へ出ることもなく、動画を漁りに漁って
昔懐かしのゲームをしたりと相変わらずのんびりと過ごしております。

こんな中でも、医療従事者の皆さまや配送・運送業、教育関係や介護業界。
命をつなぐ方や経済的ライフラインをつなぐ方々。
テレワークが厳しく、通勤をしている方など
いろいろあげたらきりがありませんが、
皆様のおかげで私の生活が成り立っております。
直接関わり合いがなくとも何かをつなぐ皆様の想いが日本を動かしております。
こうしてのんびりと過ごせるのも日本という国が機能している証拠なのです。
ありがとうございます。


さて。時間が増えたことで、SNSやワイドショー。
それこそ、日々「感染者数は何名だ」「行動自粛をせずに○○する人々」
という情報をもとに個人の意見も散見されるようになりました。
それが良い悪いというのは人それぞれですので、
一概にどうこう言うのも違うなと思っています。

ただ、私は私でこう考えているよというのを記しておくことで
整理をするということもメンタルヘルス的な観点からは
大事かなとも思っているので、
あえて記しておこうと思います。

(注)あくまで個人の意見です。
ところどころ語気が強く不快に思われる方ももしかしたらいらっしゃるかもしれません。その時はごめんなさい。
未熟な私ですが言葉を選びつつ書こうと思います。
私は○○だ!という論争を起こす意図などは断じてありませんので
こういう考え方もあるんだなくらいに読み物としてご覧いただけますと幸いです。


1.自粛派と外出派

今、起きている緊急事態宣言下の派閥(こういう言い方良くないけど)って
簡単にこの2つだと思うんですよ。
ちなみに私は自粛派ですね。
のんびり過ごしています。
今更言わなくてもわかると思うのですが今回の話のイントロダクションだと思ってください。
わかりやすくするために真っ二つにしています。
状況に応じて行き来すると思いますがお話上、分けますね。

-自粛派について- (一例)
自分を守ることが誰かの命を守ることに繋がる
緊急事態宣言がでたからとりあえず自粛
仕事が無くなったから家にいるしかない。
お国が言うから従わなきゃでしょ。
医療崩壊起きたら国が機能しなくなるやん。
そもそも緊急事態宣言を長引かせたくない

-外出派について- (一例)
かかったらかかったでその時じゃん。
緊急事態宣言の理由明記が曖昧だよね?縛られたくない。
自粛してたら生きていけない/仕事上外出せざるを得ない
対策したら外出してもいいよね。
医療崩壊は怖いけど感染者抑え込んでるやん。
緊急事態宣言で自由な時間を奪われたくない。

ざっとこんなものだと思っている。
まあ、色々あるのでね。全ては書ききれないけれど。

2.世の中は憔悴している

現状、緊急事態宣言も一ヶ月伸びた。
正直、感染者の増加を見ると、延長するのはわかりきっていた。
とはいえ、仕事がない。行動制限。
「まだ続くの?」という思いがの皆様の頭の中にあったと思う。
それと同時に「でしょうね」という声もあったと思う。
この感染症対策ということに終わりが見えない。
手探りで進めていても、答え・成果が出てこない。
一部、治療薬の兆しが見えてきているがそれも今は検証段階で
承認されているわけでもない。
感染経路不明が半数(もしくは半数以上)だったりすることで
自分自身もいつかかかるかもしれないという恐怖が世の中に蔓延しているのあるだろう。
自粛疲れとメディアで取り上げられることもあるが
その流れからもわかるように世の中全体がすでに憔悴しているのである。

※自粛疲れという日本語がおかしいという方も見かけるが
確かに本来の意味からするとおかしな部分がある。
自粛は自ら考えて行動するものだからだ。
となると、自粛要請という言葉さえ、おかしく思えてくるが
日本語というのは日々時代とともに変化する。
一時代を象徴する言葉と思えばそれはそれで、これ以上事象を捉えた言葉はないだろうとさえ思うのだ。

3.日本の心理的経済はすでに破綻している

今回の事象で、SNSなどいろいろ眺めていると
経済には2つあるような気がしてきている。
物理的経済
 →事業活動や世間一般的にいう経済
心理的経済
 →(物理的)経済活動を行う上での人々の経済活動に対する思いを言語化したもの。とここでは定義する。

行動自粛を続けていく中でこんな声が上がってきた。

経済が破綻して二次被害が出る。
これ以上、続けることで経済低迷によって人々が露頭に迷う

確かに。
GDPも3割〜4割ほど、低下すると試算が出ていたりする。
収入が無くなっても家賃などの固定支出は変わらずやってくる。
旦那。今月も徴収しに来やしたぜ。と。
さも当たり前の態度で、「"固定支出"さん」はやってくる。
義理人情のかけらもなく。

先日、給付金の話も出てきてはいるが
実際に手元に届くのは自治体によってどうしても差が出てしまう。
それまでどのようにして生きていくのか。
そうした不安ももちろんあるだろう。
やはり先の見えないという事実こそが心理的経済を破綻させているのだと思う。

4.3つの密回避の次に現れる「3つの無し」

3つの密を避けましょうということが言われ続けている。
記録のために振り返っておこう。

密閉空間・密集場所・密接場面

これは聞き慣れてきている。
「密です」や「Social Distance」(社会的距離)ということも言われていたり耳にするようになった。
ここでSocial Distanceについて記しておく。

〈Social Distance〉
人と人との距離を6Feet(約1.8m〜2m)空けましょうという提言

ここから個人的に思うことなのだが
3つの密を避けてきて、緊急事態宣言下においての総自粛を続けてきた結果、下記に記す〈3つの無し〉が出てきていると感じる。

金無し・行動自由無し・余裕無し

それもそうだという声があるだろう。
経済活動が制限されているのだから当たり前だと。
もちろん、現状が続いてしまえばさらなる影響が出てしまうことにほかならない。
その影響の増大を避けるために新たな生活様式の提言が行われたわけである。

TBS NEWSさんのnote記事がわかりやすいので
ここで共有させていただきたい。
新型コロナウイルス 専門家会議の提言する「新しい生活様式」とは?-TBS NEWS

話を戻そう先程あげた〈3つの無し〉(再掲)

金無し・行動自由無し・余裕無し

これらが人の心理状態に悪い状態を与えていると感じる。
個人的に考えるもののお話をしたい。
むしろ、ここまでは長い前置きと思って頂いて良いくらいである。

5.無意識に口撃相手を探している

SNSを見ると自粛ムードに合わせて、
自粛しないと悪という考えが広まった。
確かに自粛はすべきだし、事態の収束という観点では必要なことだと思う。
メディアもその頃から、こぞって自粛していない人を取り上げるようになった。どういった意図で取り上げたかったのか不明だが
私は負のエネルギーしか生まないと思っている。
故に、私は自粛しているのにしてない人は何を考えているのかという人も増え、個々がそれぞれの意見を言い合った。
もちろん、生活から不安を解消したい。
メンタルバランスの均衡を保つために繰り返されるものだと思っている。
こうして人は口撃相手を探すのが始まった。

6.同調圧力と絶対正義

そうして口撃の対象を探す中で、同じ考えの人が相手側の人を口撃するという構図ができあがったのである。
それもまた、匿名性が鍵となるSNSを中心に動いているのである。

また、SNSだけにとどまらず、飲食店に自粛しろと張り紙をする
市民などが勝手にパトロールと称して行う
いわゆる「自粛警察」なるものも横行している。
もちろん、これに関してはわざわざ張り紙をする行為自体が
外出をしていることになるので矛盾を生み。バッシング対象となっている。

もちろん、個人の尺度でつぶやき程度に発するのは全然いいと思うが
自粛警察とまでなってしまうと
それはただの迷惑行為でしかない。

これもきっとメディアを中心として
自粛しない人が悪だ。外出している人が悪だという
行き過ぎた切り取り描写と
自粛要請を課題解決のための手段として守るべきという
同調圧力が働いていて、
それぞれがそれぞれの価値観で人を裁きだした。

私は正しいことをしているんだという絶対正義の名のもとに。
あなたの振りかざす正義は本当に正しいものですか?
行き過ぎた批判になっていませんか?

7.情報をそのまま受け入れるがゆえの行動制限

またそれとは逆に、自粛期間だから一切の外出は罪なんだと考える人もいる。
私としてはそちらのほうが危ないと思っている。
もちろん、自分で確固たる意志を持って出ないという考えに至っているのは問題ないのだが、

そういう時期だし、出ちゃいけない。
一歩も外に出ちゃいけないんでしょ?

という人もいる。
私は、こういうタイプにこそ、危険信号を送りたい。
そもそも不要不急の外出というのが定義もないし、人それぞれ。
すべてが一律の言葉ではなく、個人の尺度によって意味が変わってしまう。
そういうものほど、自分自身で言葉の意味を咀嚼することなく、
まんま受け入れるのは日本人的だなと感じることがある。

私個人的には、周辺を散歩すること自体はむしろ不要不急ではないと考えている。
私のようにゲームがあってパソコンがあって家の中でも自分自身のメンタルコントロールができるなら散歩しなくてもいいのだが、
日光浴をすることで心の健康が保たれるのであれば
それは本人にとっては大事なのだ。
今の空気を見ているとそのことに気づけていない人や
頭ごなしに自粛、自粛とコピーロボットのように発する人もいて
自分で情報整理ができなくなっている人も増えたことに気づいた。

8.自ら考えて行動しよう

そういう人は自分でどうすべきかが考えられていない人が多い。
もちろん、考えたくないという人もいれば
心の余裕がないために考えられないという人もいるだろうから
どうこういうつもりはないのだが
少しでも余裕がある人は
何をすべきなのか?というのを今一度考えて欲しい。
感染症から身を守るというよりも自身の心の健康を守るためにどうすべきかを考えて行動することで見えてくることがある。

幸いなことに日本は罰則がない。
もちろん、外出することに関しては
あくまで私は個人での散歩程度としての意見に留めるが、なるべく人に合わない。
その中で自分自身の心を守る方法として何ができるかを考えるべきである。
これで言葉の汲み取り方にとっては変にねじ曲がって
野外活動を複数人で行う人がいるが私は今は良くないと思っている。

正解が与えられないと動けないというのは
あまりも残念だと思う。

緊急事態宣言が延長となった今。
改めて考えるきっかけになってもらえたら幸いである。

9.その人の本質が垣間見えることへの恐怖と戒め

こうして私の意見をつらつらと述べてきた。
人によってはこんな人間の言うことは自己満足という人もいるだろう。
こういう状況下こそ、人間の本質が見えやすい。

SNSなどたくさんの情報に触れてきたため、
私自身も例外なく人間の本質を見てきた。
また、私自身のこうした発言が誰かを不快にさせてしまう可能性はある。
どれだけ綺麗事を並べてもそれは理想論という人もいれば
それは間違っているとの指摘だってあるかもしれない。

今は誰もが発言を世界に発信し、思いを伝えるという手段が無数にある。
自由である証拠であると同時に
誰ですら発言できるということが総ツッコミ社会をつくり
不自由さを生んでしまっていることだってある。

個人の尺度での絶対正義をぶつけてしまう。
そうした思いの中でこのnoteを書いている。
私は何も正しいとは思っていない。あくまで私の言葉を書き連ねただけに過ぎないのでどう感じるかは皆様の想像におまかせしたい。

ただその恐怖がある一方で
私自身も何ができるか自分を変えるべきかと考えるきっかけとなった。
その戒めとしてこのnoteを皆様に公開したい。

✏筆者プロフィール

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橋口竜河 (はしぐちりゅうが)
1996.02.02 生まれ 神奈川県出身
車椅子での生活をしながらシンガーソングライターとして活動している。
《ハートフルシンガーソングライター》として心情に嘘のない歌を歌い続ける。
過去には自主企画ライブを開催し、ライブオーガナイザーとしての経験もある。
配信Single《ガーネット》がApple Musicをはじめとする各種音楽配信サイトにて配信中!!
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