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メモ書き M・ポランニー『暗黙知の次元』に寄せて(第Ⅰ章 暗黙知)②近位項-遠位項

◆シェイクスピアの「世界劇場」のモチーフより.広く文学は、私たちの心身と一体化した生きている時空間を一度突き放して誇張した上で遠位項化し、これに吟味省察を加えることを可能とする装置である。その後に再度自身の近位項体系を編成し直し、認識と意味の更新をもたらす新しい生への構えを作る。

◆実践に磨かれて心身になじんだその人独自の近位項体系として、語彙体系や言葉で形成された諸観念体系などもある。「言葉とは器官」でもあるから(丸山圭三郎)、身体の感覚受容器が対象を遠位項として捉えることと、言葉の分節体系で対象を遠位項として捉えることには同一原理が働いているといえる。

◆近位項による遠位項の意味把握は一応、身体感覚と事物世界の層と、言語と言語外現実の層とがあるといえる(複雑に交差しているが)。後者の一例:実践に磨かれて自分の心身になじんだ言葉遣いという近位項体系で、いままで知らなかった名辞の概念や意味を把握する過程など。

◆事例比較.意味をつかみたい遠位項たるターゲット事例に対し、自身になじんだ近位項であるベース事例を使うのは、「動き」を与えるためでもある。比較が思考の原型であるのは、比較するときには必然的に「動き」が生じ、これにより潜んでいた様相が汲み出されて意味が新に生成されるからである。

◆対象をよく捉えるためには対象を動かしてみることである。気に入った服があったら、それを遠くから見ているだけではなく、触ったり伸ばしたり着てみたりする。遠位項を、自身の各種の近位項でもってさまざまに動かす。そうして対象をよりはっきりと捉えていく。言葉による思考にも同じ原理が働く。

◆近位項で遠位項の意味をつかむ精度をあげ範囲を広げるため、近位項体系の拡大と精緻化が必要となる。遠位項は徐々に取り込まれて近位項体系に不断に編入される。この過程は個人的なものであり、その人独自の近位項体系の編成方法、拡大方向や進度、精緻化の方法がみられる。

◆既知から未知をつかむには、近位項から遠位項を捉えて統合的理解に至る必要がある。近位項は実践に磨かれて心身になじんだものでなければならない。その人独自の語彙体系や事例群体系などの諸要素で構成された近位項体系であればこそ、遠位項を臨場感をもってその意味を全体との関係で統合できる。