編湊×note

茨城県ひたちなか市那珂湊エリアにある小さなゲストハウス「編湊」のnoteができました!
こちらのnoteはホームページとも連動予定ですので、あわせてチェックしていただけたらうれしいです♪

予約に関することやイベントなどの最新情報はもちろん、スタッフのちょっとした日記などを更新していく予定です!

編湊や那珂湊のことを伝えつつ、ほっこりとした気持ちになってもらえるようなnoteにしていきたいなぁと

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【週刊ゲスドル#24】「また行きたい」が全国に

やっほ〜、なるだで!
今週のトップ画像は、ゲストハウスひとときさんで撮った1枚♡
だけどツイッターでまだまだ発信したい情報があるので、ひとときさんはまた来週!今週は茨城を中心にお送りします!

それでは今週も週刊ゲスドル、いってみよ〜✨

【今週のゲストハウス】

<週1ゲストハウス>をライフワークに47都道府県のゲストハウスを泊まり歩くゲストハウスアイドルなる。
今週泊まったゲストハウスや、その

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茨城県 那珂湊の夕暮れ【モーションラプス】

Osmo Pocketで試し撮りしたモーションラプスです。
夕暮れの、那珂湊港。
こうしてみると波というのは動きが多いものなのですね。

MMM2009-2018:ハッピーエンドは、まだ早い(MMM2017)

2017年は、ぼくの身辺変化から話した方が良いだろう。

まず職場(宝塚大学)で大きな変化があった。
自分の管轄の映像領域を廃止し、入試委員長(IR推進委員長兼務)になった。8年間定員を大幅に下回る状況は問題があると思い、学部全体とターゲットがズレている映像領域に固執するよりも、学部全体をなんとかしたいと思ったからだ。ここから、外部のコンサルティング団体と毎回、喧嘩しながら、毎日数字とにらめっこし

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MMM2009-2018:見守るしごと(MMM2014)

MMM2013をもって出展することと、プロデューサーをやめた。今回は、心機一転の2014年の話。

2014年というのは、ぼくにとって転機で、宝塚大学の専任講師として働き出した年でもあり、下北沢での生活を始めた年でもあった。また、当時執筆していた博士論文も大詰めを迎えていた。MMMは現在も続いている、中村(やす)さんをプロデューサー、橋口(静思)さんがチーフキュレーターという体制になった。必然的に

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釣り〜( ´ ▽ ` )

小学生以来?の海釣り🎣
茨城の那珂湊港に来ました。

海大好き( ´ ▽ ` )

一回目投げて魚が食いついた!けど餌だけ取られた笑

一回食いついたからもう楽しい😆🌟

30分くらい釣ってたんだけど お腹へって近くの魚市場へ、ホタテの串焼きとか食べたいな〜って歩いて行きました。

でも、遅かったためはじから全部閉店していく😭😭
コンビニもないー腹減りで悲しい😢
しばらくウロウロ…

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“やめる”を選ぶ

それは全然かっこいいことなんかじゃなくて。
ヒト、カネ、ジカン・・・足りないことが多すぎた。
結局はわたしたちの、チカラ不足が招いたもの。

どんな言葉を使っても、言い訳にしかきこえないし、かっこつけてるように思われそうだし、ネガティブに捉えられてしまうかもしれない。

それでも、恐れずに伝えてみる。

とある人から見たら、滑稽な姿かもしれない。
計画がしっかりしてないから、人脈がないから、ちゃん

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MMM2009-2018:話すことと、作り続けること(MMM2013)

誰にも見せる予定のない、2013年5月5日の非公開の日記に、こういう一文を書いていた。

今だってMMMがあるじゃないかって思うかもしれないけど、僕はMMMで腐っている。「作家」としてではなく「プロデューサー」として期待されている。人はどんどん来るけど、彼らと話したいと思えない時がある。

MMM2012はとても順調だった。上手くいくと、色々なことをやりたくなるし、後押しも生まれる。ぼくはMMM2

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MMM2009-2018:盛れた年(MMM2012)

人生、生きていれば、まあ1枚ぐらいは「盛れた写真」というものがあるはずだ。

ということで、この年の1枚は個人的には「田島史上最大に盛れた写真」の一つ、と認識している。陰影が彫りを深くしてくれているし、左下に学生がいて、右下に田島がやや強面で立ちはだかる、という対立構図も良いし、真顔にピコピコハンマーを持つという、少し抜けたコントラストも良い。

撮られた時期は確か、2012年の秋。MMM2012

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MMM2009-2018:29歳変動説(MMM2011)

29歳ってのは転機となる年だ、ブッダも親鸞も出家したのは29歳だ、って世界史の参考書かなんかで読んだことがある。ちょっと調べてみると、田口ランディが「29歳変動説」というのを唱えていて、村上春樹が小説家デビューしたのも29歳という。例によって、ぼくは身の丈を知らない人間なので、おこがましくも「ぼくも何かあったらなあ」とか考えていた。

で、結論から言うと2011年はぼくにとって、とても大きな一年だ

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