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無職だけどとりあえず実家出た

こんにちは。hasuです。ようやくインターネットが開通したので、パソコンからこの記事を書いています。インターネットってなんて便利なんでしょう。もうネット環境なしでは生きていけません。

さて、今回は最近の私の話を一気に書こうと思います。ちょっとここまで来るのにいろいろありました。

大学入学から今まで

まずは今までの出来事を、簡単に上げていこうと思います。

2018年4月 大阪の大学に入学
2019年3月 自車校入学
   9月 免許取得
2020年2月 コロナがはやり始める
   4月 オンラインで3年前期がスタート
   10月 半年間の臨地実習スタート 適応障害になり1か月休学
   12月 復学
2021年5月 3年生のうちにやりきれなかった実習をやる
   7月 就活 岩手の病院に内定
2022年2月 看護師国家試験
   3月 大学卒業 国試合格 岩手に引っ越し
   4月 看護師として勤務開始
   7月 体調を崩し休職
   12月 退職 実家(青森)に戻る
2023年4月 実家で猫を保護し、飼い始める
   5月 地元のレジャー施設でバイト
   6月 レジャー施設でのバイト退職 ホテル清掃のバイトを始める
   7月 ホテル清掃のバイト退職
   8月 医療クラークのパートを始める
   10月 うつが悪化 人生で初めて入院する                      
   11月 仕事に復帰するも、体調良くならず退職
   12月 大阪に引っ越すことを考え始める
2024年1月 物件探しをする 家を決める
   2月 大阪に引っ越す

約4年の間に住む場所と仕事を4回ほど変えました。仕事はどれも長続きせず、精神状態もなかなか安定しませんでした。看護師に戻る気力もなく、一体何の仕事なら続けられるんだろう…とかなり悩んでいました。
家族も仕事が続かないことをかなり心配していました。家族には心配をかけるし、自分の仕事は続かない、どうすればうまくいくのかもわからない、この先どうしていけばいいの…と思ううちに涙が出てくることもありました。さっさと死んでしまいたいと思うこともありました。

心機一転、環境を変えてみようと思った

メンタルはイマイチ、仕事も続かない、というパッとしない毎日を過ごしていたのですが、だんだんと「このままじゃダメになる」と思い始めました。
このままずっと実家にいて、仕事を転々として生きていくのか?そんな生き方でいいのか?時間は有限なのに?と考え始めました。
あれこれ考えていた時、祖母が「何かやりたいことはないのか?」と聞いてくれました。私は「今のままでは時間ももったいないし、だめだと思う。できるなら環境を変えて、もう一度大阪に行きたい。」と答えました。すると祖母は、「そう思うなら、お金をあげるから思い切って行きなさい。その代わりしっかり生活しないとダメだ。」と言ってくれました。そして本当にお金もくれました。私はありがたく受け取り、引っ越し代にあてました。

私は本当に恵まれているなと、心の底から思いました。心配ばかりかけているのに私の背中を押してくれる家族には、一生感謝しなければいけません。
やりたいことができたのは、全て家族のおかげです。

本当の意味での「自立」を目指す

幸運なことに大阪に引っ越すことができたわけですが、これからは多くの事を一人で何とかしていく必要があります。学生の頃のように仕送りはありませんし、稼がなければ生きていけなくなります。
自分の生活の維持と、家族への恩返しをしていかなければなりません。
無理しすぎず、でも自分の力でなんとかできるように頑張りたいと思います。

これから

自分で何とか…とは言ったものの、誰の力も借りずにという意味ではありません。自分が必要とするものに自分で手を伸ばせること、助けてほしい時助けを求められることが、「本当の自立」に必要だと思っています。
使える制度は使い、わからないことは問い合わせる。頼れる機関は頼っていくつもりです。
手始めに、働くことに悩んでいる若者をサポートしてくれるところがあったのでそこを利用したいと思います。予約済なので今度行ってきます。

終わり

自分の中でいろいろと整理したくて今回の記事を書きました。
毎度のことながらごちゃっとした文章ですみません…( ;∀;)
なんとか生き延びていきたいと思います。なにも辛いことばかりではありませんからね。私は1人でいるとすごく落ち着くので、1人の時間が大好きです。
ここまで読んでくださってありがとうございます。ではまた。

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