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【短編小説 丘の上に吹いた風 3】再開

アマリリス

3.再開

誰も手入れをしなくなっていたホスピスの庭には、冬の間に枯れた雑草がのしかかっていた。
庭の一角を区切ってしつらえた菜園も、どこに何が植わっていたのか分からないほど荒れていたが、今日はそこに人影があった。
栄養士も兼任する看護師のそのは、あの日以来初めて庭に出ていた。
枯草を束ね、またあちこちから伸び始めた雑草を一つひとつ引き抜き、時折まとめて端に置いている。
ざくざくと地面を掘るような音に気づき、そのは頭を上げた。
「サンタ先生!」
慣れてはいたが、久々にニックネームで呼ばれ、三田は思わず頬がほころんだ。
声の主を探してあたりを見回すと、さっきまで厨房で埃をかぶった調理台を拭いていた薗が、菜園あたりの枯草の間から顔をのぞかせている。
「先生、何されてるんですか?」
「池を作ろうと思ってね。このへんがいいと思うんだ」
三田はそう言いながらショベルを地面に突き立て、ゆるい曲線を描いていった。
楕円がいいか、ひょうたん型がいいか、さんざん悩んだ挙句答えは出ず、とにかく庭に出て掘り始めることにした。
「池・・・・・・ですか?」
「小さいのをね。それであたりを付けてるんだよ。子供達も喜ぶだろうし」
池と聞いた薗の顔が一瞬曇ったような気がして、ずっと水守さんに甘えっぱなしだったからねと、三田は慌てて付け足した。
「でも先生、全部一人でなさるのは・・・・・・。私も手伝います」
薗は抜いた雑草をまとめ、端に置いた。
「サンタ先生!」
呼ばれて振り向くと、生垣いけがきの隙間から大島が顔をのぞかせ、会田がぺこっと頭を下げた。
「今日は何しとるんですか?」
「池を作ろうと思いましてね」
「我々も手伝いますよ」
三田が何か言いかける前に、大島は生垣に沿ってぐるりとまわり、絡まるつたで表札が見えなくなった門をくぐって庭に入ってきた。
会田はシャツの袖をまくりながらその後に続いた。
「サンタ先生!」
三田がショベルのさじに足をかけ、ぐっと踏み込もうとすると、今度は地主の水守が生垣の上からひょいと顔を出した。
「精が出ますな。あれ、大島さんと会田さんも来とるんか」
くわを生垣に立てかけて、水守が生垣の間から庭をのぞき込んだ。
三田のつけた線の内側を会田が掘り起こし、奥の菜園では大島と薗が生え始めた雑草をぴっぴと抜いている。
「池をこしらえて、金魚でも飼おうって魂胆でしてね」
三田は手を止めて、首にかけた手ぬぐいでひたいに滲み始めた汗を拭った。
「金魚ならうちの庭のかめに沢山おるから、持ってってくれんかね。そうだ、睡蓮すいれんも白いのが咲くやつがあったな」
「街のホームセンターに買いに行こうと思ってたんですが・・・・・・」
「買わんでいいよ、先生。うちにいっぱいおるんだから」
「なんだか世話になりっぱなしで・・・・・・」
「かわいがっとったが、なに、里子に出すようなもんだ」
自分もいつくたばるか分からない。金魚も爺さんより子供らに見てもらったほうがいいだろうと、水守は何か言いかけた三田を遮って仕舞いまで言い切った。
「明日も作業するんかね?」
「はい。明日も晴れると、天気予報で言ってましたから」
明日あしたは雨だ」
「こんなに晴れてるのに?」
三田は真っ青な空を見上げた。
「天気予報なんか当たらんよ、先生。わしのほうがよっぽど当たる」
だてに百姓しとらんわいと笑う水守に言われると、三田も不思議とそんな気がしてきた。
「わしも明日は畑に出れんし、うちの金魚見にきてやってくれんかね? メダカもおる」
「ありがとうございます。そうさせてもらいます」
「池の材料もまだ買わんでよ。うちの納屋に腐るほどあるから」
そう言ってしわしわの浅黒い顔でにっと笑い、くわを担いで去っていく水守に、三田は深々と頭を下げた。
「お薗さん、明日金魚みに行ってみるかい?」
「もちろん!」
菜園の枯草の奥から、薗の明るい声が返ってきた。

風が庭先の栗の木の枝を揺らした。
青い毬栗いがぐりがぽとりと落ち、芝の上に転がった。
「痛くなかったかな?」
「どっちが? 芝が? 栗が?」
しばらく考えて、風はおあいこだねとうなづき合った。
「仲いいのかな? 悪いのかな?」
「恥ずかしがりかもしれないよ」
そっぽを向き合うアマリリスをつんと突っついて、風は壁を吹き上がり、長く張り出したのきの上にとんと座った。
 


潜っても 潜っても 青い海(種田山頭火風)