三ツ沢、港町に差し込む陽光を浴びる 【横浜F・マリノス紀行】

 

前回のガイナーレ鳥取紀行と同様、随分と前の観戦である。この日は、三ツ沢に行って、試合を見ただけで特段際立った出来事が起こらなかった。非常に平和で、日常的で、そして、幸福な観戦記になっているはずだ。

この記事はOWL magazine3月の記事のため、前半部分のみ無料記事となっている。それでも5000字近くは無料なので、購読していない方も是非ご覧頂きたい。

さて……。

横浜といえば、土日の混雑である。

神奈川県中から人が集まってくるのか、とにかく人が多い。カフェの空席が無事に見つけられたことは一度もないし、居酒屋に入ろうと思っても予約なしでは随分と並ばないと入れない。有名焼き肉店はもちろん、チェーンの牛角も入れない。

もちろん、新宿や渋谷だって土日は混雑するが、これほど人が集中することはないような気がしている。

車の免許を取ったばかりの頃、国道一号線や第三京浜を通って、山下公園やみなとみらいまでドライブに行っていた。

大学院生の頃には横浜を通り越した先にある三崎口の海沿いに寝泊まりしていて、休みの日は横浜まで買い物に出てくるのが楽しみだった。それなのに、全然知らなかった。

横浜駅から徒歩圏内で、プロサッカーの試合が開催されていたなんて――。

横浜を訪れたのは、3月のことであった。改札を抜けて広い通路に出て、ふぅっと軽く息を吐く。慌てて家を出たのだが、何とか間に合いそうだ。ローソンでチケットを発券する際に、パスワードが見つからずに家まで戻るなど、ドタバタしていたせいだ。

横浜駅に到着したのは、キックオフの1時間前である。駅から地下鉄やバスで三ツ沢というところに行くとスタジアムがある。徒歩でも30分程度で辿り着くようだ。

三ツ沢と言えばOWL magazineの編集長である澤野氏が応援している横浜FC、古くはその横浜フリューゲルスが本拠地としていたスタジアムとしても知られている。この日は、年に何度かある横浜F・マリノスの主催試合が行われていた。

肌寒さはあったが、春の訪れを思わせる気持ちのいい陽気である。ぼくは横浜の街を小走りで進み始めた。

シェラトンホテルの横をすり抜け、横浜市街を駆け抜けていく。


小走りをしているので、うっすらと汗を掻いてきた。路地から路地を抜け、大通りを渡り、住宅街の中へと進んで行く。このペースなら余裕を持って到着できそうだ。

とはいえ、だいぶ暑くなってきた。上着を脱いで、小脇に抱えることにした。

その頃であった。道が次第に細くなり、少し登り坂になってきた。

そういえば、この辺りは坂が多い土地であった。親戚のおばさんが横浜に住んでいたことを思い出した。

少し嫌な予感がする。

おばさんは、遊びに来るときにはいつも崎陽軒のシウマイをお土産に買ってきてくれた。そのため、子供の頃は「シウマイおばさん」と呼んでいた(ちなみに、崎陽軒は横浜F・マリノスのスポンサーである)。そのシウマイおばさんの家は、呆れるくらい急な坂を登り切ったところにあった。横浜は非常に坂が多い街なのである。

やはり……。坂は次第にきつくなっていき、最終的には急な階段になってしまった。荷物を抱えて、この階段を駆け上るのはちょっとしんどい。

かといってのんびりもしていると、キックオフに間に合わなくなってしまう。覚悟を決めて一気に登り切る。


汗だくになって登り切った。ふぅと息をつき呼吸を整える。そして、後ろを振り返る。

すると、横浜の街を見下ろすことが出来た。高島屋の看板がみえるあたりが横浜駅だろう。

高台を気持ちいい春の風が吹き抜けていった。ほんのり潮の香りがする。

少し歩くと、高速道路にぶつかり、標識に「三ツ沢出口」と表示されているのが見えた。もうすぐで到着しそうだ。

高速道路沿いを歩いていくと、コンビニが見えてきて、ユニフォームを着たサポーターが買い物をしているのが見えた。少しほっとした。そういえば、道中でユニフォームを着た人を全く見かけなかった。どうやら、ぼくが歩いたルートはあまり一般的ではないようだ。

汗だくになって走った甲斐もあり、キックオフの30分前には到着することが出来た。ぼくは、早歩きのまま三ツ沢公園へと入っていった。

チームカラーのトリコロールで彩られたゲートが見える。トリコロールとは「三色」を表すフランス語で、F・マリノスの場合は赤・白・青である。ゲートの向こう側には、年代物の無骨なコンクリートの外壁が見える。

灰色のコンクリートの上端に目をやると、トリコロールの旗がたなびいているのが見えた。外壁の向こう側から太鼓の音とサポーターの声が聞こえてくる。

サッカーの音だ。胸が高鳴る。

「ニッパツ三ツ沢球技場」(以下、ニッパツ三ツ沢)の収容人数は15454人で、横浜駅から2 km程度離れた三ツ沢公園の中にある。「ニッパツ」の意味が最初はわからなかったのだが、スタジアムの命名権を取得した日本発条株式会社の略称「ニッパツ」のことであった。

特筆すべきは、「サッカー専用スタジアム」であることだ。大事なことだからもう一度言う。「サッカー専用スタジアム」、略して「専スタ」なのである。プロサッカーの試合が行われるスタジアムには大まかに言うと2種類ある。その相違点は「陸上競技用のトラック」があるかどうかである。

トラックがある場合は「陸上競技とサッカーの兼用型スタジアム」(要するに陸上競技場)であり、ない場合は「専用スタジアム」である。

トラックがある「兼用型」は、トラックの分だけ観客席とピッチの距離が遠くなる。当然のことながら、サッカーの試合は遠くから見るよりも、近くで見るほうが面白い。だから、サッカー観戦だけを考えた場合には、「専用スタジアム」のほうが優れていると断言することが出来る。一方で、「兼用型」にも多目的に使えるというメリットはある。そのため、地方自治体は陸上競技場のほうを好む傾向がある。

「専用スタジアム」は、サッカーの試合は非常に見やすいが、用途が限定されている贅沢品といえる。そして、今回訪れたニッパツ三ツ沢は「専用スタジアム」なのである(専用スタジアムには、サッカーしか出来ないスタジアムと、ラグビー・アメフトも出来るスタジアムがあるが、ぼくはあまり気にしていない)。


かつて「三ツ沢球技場」と呼ばれていたこのスタジアムは、1955年の神奈川国体のために建設され、1964年の東京オリンピックの際にもサッカー競技に使用されている。

ドイツ、ブラジル、アルゼンチンなどの代表チームが50年前にここに来たのだ。こんな普通の公園の中で、代表戦をしていたのは、何とも意外に思える。記録を調べてみると、ユーゴスラビア対モロッコの試合では、当時23歳のイビチャ・オシムもここでプレーしている。

スタジアムの入場口でチケットの半券をもぎられコンコースに入ると、横浜F・マリノスのゴール裏エリアを覗いてみた。ゴール裏とは、熱狂的なサポーターが集い、跳びはね、チャントと言われる応援歌を歌う席である。混雑していて中まで入れそうになかったが、コンコースのゲートから中を覗いてみると、真っ青な空が見えた。そして、ゲートにトリコロールで描かれた横断幕がかかっていた。

「Soy la……」などという横文字が書かれていた。何語なのかその場ではわからなかったが、美しい色合いだったので写真に収める。後で人づてに、この横断幕を作った人から答えを聞くことが出来た。

Soy la hincha del tricolor hasta que me muera」というスペイン語で、「我々は死ぬまでトリコロールのインチャだ。」という意味らしい。「インチャ」というのは、「仲間」を意味する言葉である。「サポーター(支える者)」と似たようなニュアンスではあるが、別物なのだそうだ。

抜けるような晴天の下、トリコロールのゴール裏を散策していると、まるで地中海沿いの港町にいるような気持ちになる。

異国の香りが漂ってくるようだ。

アウェー寄りの座席なら空きがあるようなので、そっちへ行ってみることにした。すると、前から三列目に1つだけ空いている席を見つけることが出来た。全体の動きを俯瞰するには上方の席の方が見やすいのだが、前の方に座ると選手の動作を非常に近いところから見ることが出来る。どちらが好きかは人それぞれだが、今回は近くで見ることにしよう。

席に腰掛けてみるとピッチとの近さが実感できる。小声でささやいても選手の耳に届くような距離、ほんの数メートル先にピッチがあるのだ。これこそが「専スタ」の魅力である。

そこで、徳島の選手が準備運動をしていた。背番号をみると24番、那須川将大という選手のようだ。プロのアスリートは、ウォーミングアップすら美しい。しばらく見ていると、目の前でボールを使った練習を始めた。

縦にドリブルで抜けてクロスをあげたり、縦への動きをフェイントにして中に切れ込み、ミドルシュートを撃ったりしていた。

プロのサッカー選手は本当にとんでもない。速くて正確でパワフルである。ぼくの隣に座っていた男の子も「はぇぇ!!すげぇぇ!!」と声を出して驚いていた。肉体的な迫力を感じ、感嘆の声を漏らす。

これは、スポーツ観戦をする上で、最も基本的かつ本質的な要素だ。鍛え抜かれた肉体が放つ迫力である。プロアスリートは選ばれし者、普通の人間ではたどり着けない境地でプレーしている。サッカー少年、サッカー少女には、こういう席でサッカーを感じて欲しいものだ。

練習が終わると、トリコロールのユニフォームを着たおじさんが現れて、「ビッグフラッグにご協力下さい!!!」と、とんでもない大声で叫んだ。おじさんとしては、それほど大声で言っているつもりはないのかもしれないが、耳を塞ぎたくなるほどの大ボリュームであった。

声の野太さですぐにわかる。「ゴール裏の住人」が出張してきているのだろう。どうやら、このあたりの座席はビッグフラッグなるものの下に入るらしい。少しすると、「プライドにかけて」というチャントが始まった。

オーオ オ 横浜 F・マリノス プライドにかけて
オーオ オ 横浜 F・マリノス 勝利をつかもう

力強い太鼓のリズムに合わせて、トリコロールのゴール裏がうごめき始めたのが見えた。太鼓のリズムが次第に速くなる。サポーターによる試合前のセレモニーは最高潮に達しようとしていた。

その時、突然視界が遮られ、何も見えなくなった。青いビッグフラッグがぼくのところまで降りてきたのだ。

世界は青くなった。

ピッチが見えなくなり、やることもないので、フラッグを下から叩いた。周囲の観客もみんなそうしていた。外から見ると、大きな旗が生き物のようにモニョモニョと動いているように見えることだろう。なかなか楽しい時間である。そんなことをしているうちにビッグフラッグが取り去られ、再び抜けるような青空が現れた。


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中村慎太郎

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