見出し画像

今季のプレミアリーグの「時間」を紐解く

今季のイングリッシュ・プレミアリーグの話題の一つに「時間」が挙げられます。通常のサッカーの試合は延長時を除けば45分ハーフの90分。各ハーフにアディショナルタイムが加わることで実際の試合時間はあと数分増えるわけですが、近年はVAR導入によりアウトプレータイムが増加。プレー時間が減ってしまう状況を踏まえ2022年のワールドカップではFIFAがより厳密に時間をコントロールし始め、アディショナルタイムの時間は滅多に見ないような数字を連発しました。このルールそのものが世界の各試合に適用されたわけではないのですが、少なからずリーグ戦にも影響を与えているように見えます。また、今季のプレミアリーグだとシーズン序盤にスローイン時の遅延警告も話題になりました。こういった試合に関わる時間のデータを見ていこうと思います。

データソースは以前の記事で紹介したWyscoutのAPIを利用します。ただ、同APIのAdvanced Statsに入っている各試合のピュアポゼッションタイムの合算値を平均化すると22/23シーズンが50:32(分:秒。以下同),21/22が50:34となり、下記リンクにあるStatsPerform社のボールインプレータイム(アクチュアルプレーイングタイム)との差分が激しい点が気になりました。


OptaAnalystの記事では22/23は54:46
リーグアン公式の記事では21/22は55:07

一方でWyscoutのAPIのEventsデータから自前で計算するともう少し数値が近付いたのでこちらをベースに分析していきます。会社によってデータが違う点は以前の記事で触れましたが、指標の計算式が明らかになっていない場合、同じデータソースでもこういった差が生まれることは珍しくありません。(とはいえ「時間」は平等に進むので、もうちょっと合っていてほしいのですが)
EventsデータのAPIですが、2シーズン以前になると数試合アクセスできなかったため、欠落しています。また開催時期を合わせるために過去シーズンもクリスマスまでの試合をデータ範囲とします。イレギュラーな事象が発生したことで異常に時間が伸びるケースがあるため、比較は中央値にて行います。

試合時間

試合時間。データソースとしてWyscout APIを使用し、自分の基準にて再処理

まずはシンプルな試合時間。中継やスタジアムで表示されている時計の前後半終了時点の数値を足したものと捉えて頂くのが一番分かりやすいでしょう。この数値は普段中継を見ている方であればすでに体感していると思いますが、過去4シーズンと比べて23/24は大きく増加しています。前半のアディショナルタイムは2分余りから4分足らずに、後半の同データは4~5分から7分余りとなり、試合時間は100分を超えました。グラフは各試合の時間の散らばり具合ですが、過去4シーズンに比べ23/24はデータが広がっており、試合によって差分が大きくなっています。

ボールインプレータイム


ボールインプレータイム

続いてボールインプレータイム。こちらは実際のプレー内容にも大きく影響されるデータです。アウトボールやファウルの数、アウトボール・ファウルからプレー再開までの時間、そして中断部分をどれくらいアディショナルタイムに加えるかという運用ルールの面が影響します。そのプレータイムもやはり23/24が長くなりました。この数値を伸ばすためにアディショナルタイムを長くしたのでしょうから当たり前ではありますが、近年のリスタート数(セットプレーやドロップボール)数と近い数値でありながら、長い時間となっています。当たり前ではありますが各試合の数値の分散は試合時間のように散らばることはありませんでした。

リスタートまでの時間

ではアウトボールやファウルからプレー再開までの時間はどうなったか。記事の最初でも触れた通り、スローイン時の遅延警告もここに関わる話です。実際のところアウトプレー時に何が起きたかを細かく取得しているデータ会社はほぼないと思います。WyscoutのAPIもボールアウトやファウルなどアウトプレーになったタイミングと次のインプレー開始のタイミングだけです。警告・退場・選手交代が発生すればもちろんデータ化されますが、負傷対応や審判団とのコミュニケーションが発生した記録は残りません。(なので審判の「遅延」判定が正当かどうかをデータで証明するのは難しいです。)
とはいえデータ量が多ければある程度参考となる数値は出せるでしょう。1分以上のケースを除外した上で時間の中央値と、総数に対しての10秒未満のリスタート数の割合を計算しました。シーズン別で見る前に19/20以降のクリスマスまでのデータを前後半+点差で集計してみました。

ハーフと点差別のリスタートまでの時間。中央値と10秒未満リスタートの割合

見ての通りリード時は時間をかける傾向にありビハインド時は逆となります。特に後半はリードチームは選手交代で時間をうまく使うケースもありますから、その差はさらに大きくなります。
これを踏まえてシーズン別のデータを見ましょう。点差はリード、同点、ビハインドの3段階にしました。


シーズンと点差別のリスタートまでの時間。中央値と10秒未満リスタートの割合

今季劇的に変化した、というほどの数値は出ていませんが、緩やかに早くなっている傾向がいくつかあります。特に10秒未満リスタートの割合は今季に特徴が出ているデータが多いです。中央値と比較して変化に差分があるのは、早くリスタートできるケースと時間がかかるケースで分かれていると推測できます。
一方でコーナーキックの中央値はシーズン経過とともに少しずつ長くなっています。データを見ると特に前半に長くなる模様。10秒未満のリスタート割合だとビハインド、同点時は多い傾向になっているので、コーナーだけリスタートのスピードが遅いというわけでもなさそうです。こちらは推測の域が強いですが、VAR導入によりコーナー時の競り合いは慎重になっていると思われます。ある程度接触が発生した際に映像を見てくれアピールもそれなりにあるでしょう。またコーナーのデザインプレーの種類が増えてきたのでその準備の影響もあるかもしれません。連続でコーナーとなった場合、選手が準備する時間が短縮されるのでこちらの件数も見てみましたが、連続コーナーの数はシーズン別で特に変化はありませんでした。

スローインのリスタートが早いケースと遅いケース

ではリスタートが早くなるとプレー結果にどう影響するのか。セットプレーの中でも数が多いスローインを対象に調査しました。同点時において10秒未満にリスタートしたスローインと10秒以上のケースで、5秒未満でロスとなった割合と同じ攻撃内でシュートに至った割合を計算すると下表のようになりました。

スローインのリスタート時間と攻撃結果

まずシーズンに関わらず早いリスタートの方が数値が良い傾向にあります。ロスの割合については早いリスタートの方が相手の守備が間に合ってないのでスローイン後にデュエルが発生しない点が影響しているでしょう。競り合いが発生すると競り合いに勝った上でボールをコントロールできるか、競り合いに負けてもすぐカバーして取り返せるか、など不安定な要素が発生しますが、守備が間に合っていなければ確実にボールを保持できます。加えてシュート率も高いので、スローイン直後に関わらず守備が整備できていない状況が少なからず起こり得そうです。元々の傾向がこういった中で今季の数値はもう一段階強い特徴が出ています。おそらくスローイン時の被保持チームの対応は今後変わっていきそうですね。
今回はスローインだけ取り上げましたが、コーナーに関しては早い方が優位というデータはありませんでした。

アディショナルタイム

得点の時間帯別割合(時間帯別得点÷総得点)

ボールインプレーの流れでリスタートまでの時間について書きましたが、目に見える形で増えているのはアディショナルタイムです。同タイムでゴールが生まれる数はもちろん増え、総得点に対して後半の同タイムに得点が入った割合は8.5%となり、前半30-45分の得点割合(10%)に近付いています。

後半アディショナルタイムの点差別の1点当たりのボールインプレー時間

ちょっと分かりづらいですが上グラフは後半アディショナルタイムの得点のペース(ボールインプレー時間÷得点)です(500の場合、「ボールインプレー時間500秒につき1点入る」という見方)。下の方が得点が入りやすい傾向になりますが、今季は1点リードしているチームがより加点しやすくなっています。19/20シーズンも近い傾向にあるためアディショナルタイムが延びた影響だけとは言えませんが、同タイムが長くなったことで前がかりになるタイミングが難しくなり、早くやり過ぎるとあっさりカウンターから失点してしまうリスクがあるということでしょうね。

ワールドカップを経て今は「時間調整」の移行期且つ実験機会となっているだけに、時間のマネジメントがより重要なシーズンとなるのではないでしょうか。

この記事が参加している募集

サッカーを語ろう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?