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英プレミアリーグのスローインデータ(23/24,4月時点)

今回はWyscout API(hudl社)のデータを利用してイングリッシュプレミアリーグのスローインデータを紹介します。正確にはWyscout APIをソースに自分の分析に合わせてロジックを組んだデータとなります。この辺りの考え方については以下の記事に書いていますのでご参考まで。

データの範囲は、全体傾向部分は19/20シーズン以降から先週末の試合まで(ただし過去シーズンは数試合データがない試合があったため除外)となります。

スローインからの攻撃の価値

まずスローインそのものについてですが、プレミアリーグの場合1試合1チーム当たり20本ほど発生します。スローインは相手のボールタッチ後にタッチラインを割った際に発生するアクションですが、リーグレベルが高いほど少なくなると考えています。Jリーグのデータがこちら( https://www.football-lab.jp/visual/entry/5 )に掲載されていますが、ディビジョンが上がるにつれ本数が減っています。これはサイドでのアクションの数、アクションそのもののクオリティ(サイドチェンジのパスミスやコントロールミスの有無)、サイドへクリアで逃げた数などが影響します。そのため上手いチーム同士であってもセーフティにサイドへクリアするケースが多ければ増えますが、今は後方ポジションの選手ですらボール保持の技術が求められる時代なので、昔に比べればそういうケースは少ないでしょう。
 
サッカーにおける攻撃すなわちボール保持は多くの場合セットプレーかインプレー中のトランジションによって始まり、そこからそれぞれの方法で相手ゴールに迫るわけですが、そのうちセットプレー(キックオフ除く)のスタート別の件数、セットプレーから連続した保持内でシュートへ至った割合、シュートへ至った際のゴール期待値(xG)などをまとめると下表のようになりました。(スローインとフリーキックは広い範囲が対象となるので自陣と敵陣に分けました)

ゴール期待値範囲別のシュート数。右にいくほどゴールに入りやすいシュートと言える

xGはある程度データに興味がある方ならどういうデータか把握されていると思いますので説明は省略します。世に出ている記事だと相手の選手の位置も変数に含まれているとよく書かれていますが、実際のところ速報値ではデータ取得量やデータ処理の構築が大変なので、オフザボールの位置は含まれていないケースが多いです。WyscoutのxGも同様なので、多少精度は落ちると考えてください(完全に主観ですが、速報値で一番優秀なxGを出力しているのはブンデスリーガの現地中継CGかと思います)。その前提を踏まえた上で最初の表を見ると、スローインからそのままシュートへ持って行った場合のxGは低く、決定機は作りづらいことが分かります。サイドから手を使って始まる点や、多少時間ができるので守備のポジショニングをセットし直せる点が影響していると考えています。そのため、試合の戦略を考える上で優先度は低いでしょう。色々なデータを見せて「○○は重要だ!」っていう前提で記事を書くのが一般的ですが、今回は「そんなに重要じゃねぇ!」っていう前提で進めていきます。重要じゃないと言ってもサッカーは1点勝負の世界なので、そんなスローイン絡みで試合が決してしまうことも少なくないですからね。

スローインのデータ分析設計

そんなスローインのデータ分析設計ですが、Wyscoutの特徴なども踏まえ下図ような形で進めたいと多います。

「スローインまでの時間」はアウトプレーになってからスローインで投げるまでの時間です。この時間はボールが来るまでの時間や交代、カードなど審判団とのコミュニケーションが発生しやすい時間ではあるのでコントロールできないケースもあります。また、Wyscoutは映像チェックした際にアウトプレーのタイミングが若干遅い方にズレる傾向にあったので、ちょっと早めの数値になっているかもしれません。そのため不安定なデータにはなってしまいますが、この時間は守備をセットし直す時間を与えるか与えないかという意味では重要なので取り上げたいと思います。
 
スローインのエリアと方向はゴールまでの距離に影響しますので当然重要となります。ゴールに近ければペナルティエリアに向けてロングスローを放つことで少ないアクションでゴールに迫ることができます。今回はペナルティエリアの中央部分(ニアゾーンを半分に分けたうちの内側)に飛ばしたスローインをロングスローと定義しました。

スローイン後にデュエルが発生するかしないかも分析する上で重要です。以前の記事でも取り上げましたがWyscoutは他のデータ会社よりデュエルを多くインプットしており、選手の配置データがなくても選手が近接しているがどうかの状況が得やすいです。デュエルは空中、地上、ルーズボールに分かれていますが、どちらにしろボール保持がどちらに傾くのか不安定な状態になりますので、デュエル有無は重要な変数と言えます。

スローイン後ボールを保持し続けるに越したことはありませんが、デュエルに負けて奪われたとしても選手が近接していればすぐ奪い返すことが可能です。今回はロス後5秒未満で奪い返した場合を奪還(奪還率)としました。奪い返す力に長けていたり、じっくり保持するよりカウンター気味に攻めたい場合は、スローインそのものの精度は特に気にする必要はないとも言えますので、ここのデータもセットに含めます。
 
スローインからの一連の保持は5秒間継続できるかが一つのポイントとなりそうですので、5秒でロスしたか保持を継続できているかをKPIの1つにします。5秒で終わってもシュートに至っていればゴールへのアクションに到達できていると言えるのでその場合はロスに含めないことにします。

全体傾向

それぞれのトリガーでどうデータが変わるのか見ていきましょう。

こちらは分かりやすくデータ傾向が分かれており、早いリスタートであるほどデュエルが生まれづらくボール保持を継続できています。ビッグクラブの多くがリスタートが早い影響もありシュートへ繋がる比率も高めです。ただし選手が密集している状況になっていないことが多いため、ボールを失った場合の奪還率は低めになります。

当然ながらスローインがどのエリアで行われどちらへ向けて投げたかによっても大きく変わります。ロングスローは2回に1回はデュエルが生まれますが、スローイン直後にゴールに近い位置でシュートを打てるので、シュート周りのスタッツは上がりやすいです。味方ゴールから近い分、ロスしても被シュートに至るケースは少ないですが、シュートを打たれた場合被xGが高めになっています。これはカウンターにより生まれたシュートであることが影響していると思います。ほかの事例では前方に投げる場合はデュエルが生まれやすく後方の場合はほぼ発生しない数値となっています。よって確実に保持をしたい場合は後ろに投げることになりますが、自陣で後退させた場合でロスしてしまうと被シュート率は跳ね上がります。後方の受け手が準備できていないままスローインのボールが来て慌てるような場面はレアとは言えたまに見かけますね。

スローイン直後のデュエルは4本に1回ペースで発生しています。Wyscoutが持つ3種のデュエルのうち、スローイン直後の場合は地上戦が最も多いです。スローインは上から投げるボールではありますが、空中戦のデュエルは基本的に頭での競り合いなので胸トラで競り合うようなケースだと地上戦になります。スローインからのルーズボールデュエルはおそらく出し手の配球と受け手の位置が若干ズレた場合に発生すると考えられます。表の通り数値傾向はケースバイケースな感じで、それぞれメリット、デメリットがありそうです。
 
以上が19/20以降のリーグ全体傾向となります。ここからは23/24の4/15時点のチームデータを見てみましょう。並び順はスローインの試合平均が多い順にしました。

チームデータ



丸の大きさはデュエル発生率

スローイン周りに限らずですが、マンチェスターシティ(Manchester City)のデータは際立ったものが多いです。おそらく彼ら(および相手チーム)はデュエルの発生を勝負どころのみに抑えているように思います。リスタート時間は一番早く、スローインからもボール保持継続を最優先にしており、5秒ロス後の即奪還率は低いですがそもそもロスしないので奪われた際の想定はそこまで意識してなさそうです。ただ、シティの場合、相手が低い位置でブロックを形成しているため、後ろに戻すしかないという状況も加味されていそうです。
 
ロス率が高くなるのは避けたいですが高くなったとしても奪還率は上げておきたい、という意味では散布図の左上(ロス率高く奪還率が低い)のチームは課題があると言えます。ウェストハム(West Ham)、ボーンマス(Bournemouth)が該当します。特にウェストハムはロス後の被シュート率も高いです。
 
スローインといえばシーズン序盤にアーセナル(Arsenal)の冨安選手の遅延が話題になりましたが、彼のスローインまでの時間(中央値)は14.4秒でチーム内でも長い傾向でした。それが影響しデュエル発生率も高くロス率も高いのですが、奪還率が76.9%という数値のため、少なくともリーグ戦では大きな問題にはなっていない状況です。カードトラブルは困りますが。
 
最後にチームの被データ、つまり相手のスローインに対するデータを紹介します。


丸の大きさはデュエル発生率

そもそものところで相手にスローインを与えないチームはビッグクラブや保持が上手いチームが並んでいますね。先ほどのデータとは逆になるので散布図は左上が良く右下が悪いという傾向になります。そしてこちらもウェストハムが悪い方に名を連ね、奪取率が低く奪取してもすぐロスするデータが出ています。最初に紹介した通りスローインは必ずしも重要ではないのでこういったデータでも上位には行けますが、もうちょっとスローイン周りの設計を見直してもいいかもですね。
 
Tableauの仕様上名前が出ていませんが、グラフの左上のアーセナルの隣はチェルシーです。この2チームは相手のスローイン後の奪取率が高く即ロスしない傾向と言えます。数自体が多くないのですが、アーセナルは奪った後にシュートに至った際は全てxGが0.1以上を記録しました。今回紹介しているのはプレミアのデータですが、先日のCL準々決勝1stLegの2-2の同点弾も、バイエルンの自陣前進系スローインを奪ってからの攻撃でしたね。
 
もう少し具体的に触れてもいいのですが、長くなったので今回はここまで。スローインばかり書いてもアレなんで次回は別ネタを考えます。

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