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に関する調査報告書

過密

「ねえ、あんた。わたし嫌よこんな狭いところ」
「困っているのはどこも一緒だよ。ここだって叔父さんに無理を言って住まわせてもらってるんだから」
 新居に引っ越したばかりの夫婦は、室内の隅々まで木霊する言い争いをしていた。だからといって、部屋が広くなるというわけでもないのに。
「昔はこんな窮屈な思いをしなくて良かったわ。もっと広々と、こんな壁だって……」
「ここは良いところだよ。森だって近くにあるし、星空だってよく見える。それにもう戻ることはできないのさ。時の流れ、時代の進歩ってやつには」
「私たちはもういいのよ。おかげさまで十分に長生きできたし、テクノロジーの恩恵だって多少は享受してきたわ。だけど問題は次の世代よ。彼らは不利益しか受け取ることができないかもしれない」
 そう言って母親は、ゆりかごの中ですやすやと眠るわが子を見た。
 でもやっぱり、こんな大声で話しあっていても起きないなんて、子供はたくましいわ。多分こうやって新たな社会に順応していくのよ。でもそれを幸せと呼べるのかしら。
 びゅううんと空を飛行機が切り裂く音が聞こえる。白い山の麓、雪解け水が流れ込む湖畔には、びっしりときのこみたいに家が立ち並んでいる。しかし、指定保護区を一歩でも出れば、それこそ競い合うようにビルと高速道路が取り囲んでいる。ああ、不便なことこの上ない。

調査報告1
 工業用団地や商業用プランテーションの造成による環境変化から、従来の生息地から離れた場所に、集団で生活する姿が観察され始めている。いまや希少種となった彼らを守るのが、我々の役目である。
 

小さきもの

 第一発見者のA氏は都内で働くサラリーマンです。彼は娘が保育園に通う時期になって、現場である郊外の住宅に移り住みました。A氏は夕食を終えると、家族から離れた場所でたばこを吸う習慣があります。
 事件発生当日、テラスでくつろいでいたA氏は庭の隅に赤く光るものを見つけました。本人の証言によると、道路から投げ捨てられた吸い殻だと認識したそうです。
 A氏がそれを掴もうとすると、実際に発光していたのは目玉でした。身体は闇に溶け込んでおり、赤々とした目だけが浮遊しているように見えたとのことです。驚いたA氏後ずさりをすると、対象はどんどん膨らんでいき、あっという間に成人男性の背丈を超え、頭部は二階の窓に達しました。

 第二発見者はA氏の娘です。彼女は帰ってこない父を迎えにいった結果、対象と遭遇しました。A氏はその時、腰が抜けていて言葉が出なかったそうです。
 幼い娘は対象に興味を抱き、怖気もせずにそれを掴みました。対象は風船がしぼむようにみるみる小さくなり、最終的には彼女が肩に下げていたおもちゃ入れのポーチにしまい込まれました。

調査報告2
 生息域の減少から、人里で目撃されるケースが増えてきています。捕獲された対象はすでに逃げ出しており、周辺地域での関連情報を現在調査しています。

スレッド

 20××/3/18、『○○は本当に実在しますか?』というスレッドが、子供用質問サイトにて投稿されました。すぐに幾つかの回答があり、おおむね質問を肯定するような内容ばかりでしたが、質問者はそれらに対して反発、否定的な論証を煽り、他の利用者たちを挑発しました。
 同時刻に、匿名掲示板・知識検索サービス・会員制交流サイトなどで上記の質問に類似した投稿が多発。投稿者のほとんどは、論理的な話し合いというよりも批判または相手への罵倒を好む傾向がありました。また一部の返信には、実体験に基づく目撃情報(注1)なども見られた。
 
 またこの「からかい」に乗せられて、当機構の関係者数名が自らの論証の一部として機密情報を漏洩(注2)する事態が起こりました。すぐさま本部が削除しましたが、騒ぎの大きさから特に注目された情報もなく、今後の活動への影響はないと思われます。

*1、この結果、「調査報告2」のような幾つかの個別事例と接触しました。
*2、該当者に対してはSNS(会員制交流サイト)の使い方の指導に加え、指定保護地区での菌輪の調査を罰として行わせております。


調査報告3
 生息域を奪われた彼らは、人間に「いたずら」をするためインターネット上に活動場所を広げているようだ。彼らも現代社会に順応してきているのだろうか。

閉会の挨拶

 以上を持って、第1739回「妖精に関する調査報告」の定期報告会を終える。今年は世界情勢の影響でリモートによる開催となった。今までのように紙面ではなく、データによるやりとりが今後いっそう活発になっていくだろう。前述の件を踏まえ、妖精に関する情報が世間一般に流失しないように各自気を付けること。彼らの「いたずら」は我々へも及びかねないことをゆめゆめ忘れぬように。

最後まで読んでくれてありがとうございます