「球界きっての頭脳派」工藤公康監督、退任へ


相次ぐ名将の退任

 2021年、パリーグは明確に過渡期に突入した。
 首位は25年ぶりの優勝を目指すオリックス。
 マジックが51年ぶりに点灯した2位ロッテ。
 「パリーグの雄」として、長年野球界を盛り上げてきたソフトバンク・西武・日本ハムが衰退し、それぞれ一時代を築いた工藤公康監督・辻発彦監督・栗山英樹監督の解任報道も相次いで報じられた(辻監督は結局契約を更新)。

 特に私は工藤監督の恩恵を7年間受けまくったいちホークスファンとして長尺の想いの丈をこのブログにぶつけてみたい。
 ただし、私はただの素人野球ファン。
 10年以上野球を見てきたとは言え、野球経験者、ましてプロ野球OBよりと俺が正しいと、そんなおこがましい断言はとてもできない。
 あくまで1人の鷹党の居酒屋談義として流してもらって、皆さんには2015-2020の「ホークス黄金期」とも言うべき伝説の、最強の6年間を懐古していただければ執筆者冥利に尽きます。

優勝請負人

 昨年まで就任6年498勝、勝率.612日本一は実に5回
 度肝を抜かれる数字が並ぶ。
 「優勝以外許されない」チームだったとはいえ、この数字を見せられると、有能であることはもはや誰にも否定できない。

 工藤監督の手腕は特にポストシーズンで燦々と光った

2015年 CS 4勝0敗 (ロッテ)
日本シリーズ 4勝1敗 (ヤクルト)
2016年 CS 4勝5敗 (ロッテ⇒日本ハム)
2017年 CS 4勝2敗 (楽天)
日本シリーズ 4勝2敗(DeNA)
2018年 CS 6勝3敗 (日本ハム⇒西武)
日本シリーズ 4勝1敗 (広島)
2019年 CS 6勝2敗 (楽天⇒西武)
日本シリーズ 4勝0敗 (巨人)
2020年 CS 3勝0敗 (ロッテ)
日本シリーズ 4勝0敗 (巨人)
※この成績は1位チームへの1勝のアドバンテージを含む。

 プレーオフ制度導入以降、かつてホークスが勝ち切れずにこの制度に道を阻まれ続け、「秋の風物詩」とまで揶揄されていたことを忘れるかのようにこの6年間、我々は勝ち狂った。
 「ホークスは秋からブーストかけてくる」
 いつしか他球団ファンからは真逆の評価で見られるようになっていた。

 短期決戦で圧倒的強さを発揮した采配マジックのタネは後述するとして、私が忘れることのできない工藤采配が1つある。

 それは2017年10月20日、ヤフオクドーム(当時の名称)で行われた楽天とのクライマックスシリーズ・ファイナルステージ第3戦。
 ソフトバンクは予めアドバンテージ1が付与されていたものの、初戦・第2戦とまさかの連敗。
 楽天は3位から勝ち上がった勢いそのままに、ソフトバンク打線を2戦合計3得点と完全に封じ込んでいた。
 当時パリーグのクライマックスシリーズ史上「連敗スタートからの勝ち上がり確率」は0%であり、まさかまさか年間97勝の圧巻の成績でペナントレースを制覇したあのホークスがこのまま終わるのではないかという暗雲が立ち籠めてていた。

 何かを変えなければならない。

 そこで工藤監督が繰り出した究極の一手は...
 「2番 センター 城所龍磨」

 前年交流戦MVPに輝いた城所だったが、この年のレギュラーシーズンの出場は僅か「2」
 私はこの打順を見た時、失礼ながら「あー工藤もついに頭おかしくなったか」と観念していた。
 が、予想に反し、この大博打は猛的中
 楽天のエース・則本昂大から2本の二塁打を放ち、守備でも好守を連発する大活躍(下記の動画リンク)で、この試合を制すと、これを分岐点にして一気に潮目が変わり、そのまま怒涛の3連勝で見事にCS優勝→さらに日本一まで突っ走った。
 あの試合で、城所という起爆剤がなければ敗退していたかもしれないし、逆に結果から言えば、あの重たい空気を振り払う打開策はそれくらいしかなかったように思う。しかしながら、あんなヤバすぎる采配他に誰が思いつくのだろうか?
 絶対に負けられないところで大博打を成功させるその勝負勘というか肝の据わり方というか、さすがは「優勝請負人」としか言いようがなかった。


 元々シーズン中から突出した見極め能力を随所に発揮しており、思いつきの選手起用や適材適所での控え選手の配置には神懸かっているものがあった

 就任1年目、当時まだ育成上がりの無名内野手だった牧原大成の守備力の高さに目をつけ、外野に挑戦させた。
 「どこでも守れる」というアピールポイントは出場の幅を広げ、そこから4年の月日を経て2018年夏場から大ブレイク。今では、試合展開で内野に外野に縦横無尽に駆け抜ける「ユーティリティ」というチームに不可欠なパーツとなっている。

 2人目は福田秀平。毎年2週間ほどは好調を維持するものの、すぐに下降してしまうような選手だった。
 「長続きはしないが、打撃に走塁にとんでもないセンスを秘めている」という特徴は、まさに「バックアップ要員としてこそ生きる戦力」だった。終盤の代打や代走で劇的な勝利を数多くアシストし、また柳田悠岐が離脱した際などには代役としてスタメンで躍動。
 レギュラーとしての実力を見込んで獲得したロッテでの実績が成功とは到底言い難い結果となっている事実が工藤監督の慧眼を物語っている。

 今宮健太は、秋山政権時代、犠打と単打に徹する2番打者として窮屈な意識の中で苦しんでいた。首脳陣をはじめ、無責任な解説者らの多くが「身体が小さいからプロではホームランバッターにはなれない」と吐き捨てた。
 その声に惑わされ、ホームランを打った後の談話でも「僕の場合、打球がフェンスを越えてはいけない」と反省の弁を口にするなど、単打至上意識はもはや異常な域にまで達していた。
 しかし2016年「テニス打法」を身につけて以後、工藤監督の助言で大きな意識変革が起きる。強靭な下半身のターンを生かしてダイナミックに振り切るようになり、2015年に.228まで落ち込んでいた打率も年々改善。
 「身体が小さくてもホームランを打てる」
 それはファンが思い描いていた「九州の怪童」今宮健太像であり、華々しいアーチに明豊今宮を彷彿とさせることができたのも工藤監督のおかげである。

 最後に、川島慶三髙谷裕亮
 彼らは工藤監督就任時にはもう既にベテランの域に差し掛かっていて、ファンから見ていても「あと何年現役続けられるか」という感じだった。
 だが、工藤監督の魔術にかけられた2人は40近くなった今でもバリバリに現役を続けている。
 川島は左投手への相性の良さを見出され、サウスポー相手のスタメンや代打として、「左キラー」っぷりを毎年いかんなく揮わせた。(上原健太対策の「4番・川島慶三」的中、あれもやばかった)
 髙谷は投手に寄り添ったリードと衰えぬ強肩を見抜かれ、日本プロ野球界に「抑え捕手」の概念を普及させ、またリードの模範として甲斐拓也の育成にも一役買った。

 選手個々に「生きる道」を与え、役割ごとにベテランを再生。これには何度もただただ脱帽させられた。

 だいぶ話が逸れてしまったが、「場面場面で使える手札を消費していく」という意味で、工藤監督は非常に短期決戦向きの指揮官であった。
 あくまで野球素人の私の目線だが、緒方孝市氏のように良くも悪くも「頑な」な采配はポストシーズンでは最も不向きで、対極的に日本シリーズ第6戦で白崎浩之をスタメンに抜擢したラミレス氏のように「柔軟な」(悪い言い方をすると「一か八かの思い切った」)采配の方がハマりやすい。特に下剋上を狙うチームになると顕著である。

 先発が崩れたら、すぐに諦め第二先発へ。ピンチが来たら早めの継投で凌いでいく。(その点では左の嘉弥真新也が森福允彦の穴を埋めてくれたことが心底ありがたかった)
 超強力の山賊打線を携えた辻ライオンズは戦力上なかなかそれができなかった。野手は主力9人のみでほぼフルシーズンを戦っていたため、控えとの差が激しく、主軸が不調になると替えが効かない。また、近年のセイバーメトリクスの見地から一発頼みの打線は試合毎の得点分散が少ないことが分かっているが、ポストシーズンのように珠玉の好投手ばかりが先発で出てくると、失投の数が激減するため、逆に繋ぎの打線の方が機能しやすいことも不利に働いた。

 「口は出さぬが金は出す」で有名な孫オーナーをトップとし、資金が潤沢なソフトバンクのフロントの下だったからこそ歯車が噛み合ったとも言え、その点、「DeNAの初代監督がキヨシではなく工藤だったら今頃は…」なんて仮想の議論はナンセンスに思う(李大浩が抜け、デスパイネもまだロッテにいて、実質カニザレス頼みだった2016年こそは選手層的に酷だったと思う)

次期監督に期待すること

 「一軍監督」という職業は管轄事務が多様である。
 一般には「起用」や「采配」がファンの野球談義の的に上がりやすいが、監督は英語でManager、つまりは現場の「経営者」であり、マネジメント能力やコーチング力もかなり必要となってくる。
 私は選手だけでなく首脳陣にも得手不得手があるという持論を持っており、かつて名選手であった以上、どの点においても「無能」と切り捨てられる指導者はいないのではなかろうか、と思っている。

 例えば、秋山前監督は就任期間中に長谷川勇也や中村晃、柳田悠岐を育て、小久保松中時代からの世代の転換を大きく進め、後の黄金期の「野手の礎」を築いた。
 一方で工藤監督は筑波大学院で学び尽くしたメカニクスの知識を活かし、人体構造を理解した指導で東浜巨や千賀滉大・武田翔太・石川柊太・岩嵜翔らを一流の投手に育て上げた

 一方で、野手陣はというと、期待されていた上林もあと一伸びし切れず、結局はここ5年で甲斐と栗原陵矢くらいしかレギュラーの分厚い壁を打ち破れず、今シーズンの苦況から「若手野手不毛の地」とまで非難されていた。しかし、これには致し方ない部分もあると私は思っている。
 若くてイキのいい選手たちが同時期に育つだけ育つと、その戦力に依存せざるを得なくなる。必然的に他の選手の出場機会は減り、ファームで腐らせることに繋がってしまう。その中で衰えや勤続疲労、それに伴うケガの波がどうしても5-6年周期で訪れてしまう。
 「勝ちながら育成」という両立は簡単そうに見えて実は非常に深い難題だと気付かされる。

 そう考えると、やはり次は野手出身監督が適任ではなかろうか。プロの世界を生き残るメンタリティを説き伏せる長谷川勇也コーチにも期待がかかる。

 私個人的には今シーズンBクラスで終了したとしても工藤政権唯一の「失態らしい失態」であるからあまりにも厳しすぎるし、後任候補と目される小久保氏の荷を少しでも軽くする視点からも焦らずもう1年じっくり二軍監督などを試し、多様な視点から試合を観る眼を養っていただいてからでも良かったのではないかと思った。
 ただ、一方で長期政権には弊害もあり、西川・中田の凋落とともに心中した栗山ファイターズのように内部での派閥構想や偏重起用による不仲から方向性の不一致等の諸問題も蔓延りやすい。そのため、7年というスパンできっぱり切ってしまうことにはプラスの側面もあるように思う。
 ここもまた正解がなく、非常に難しい。

 そしてもう1個。ホークスが改善してほしい点。
 それは「使い潰さない」投手運用である。
 長期的に勝ち続けられるように戦力を保つためには、投手の登板量分散がどうしても不可欠である。
 正直、工藤監督はここが欠けがちだったように私は思う。
 困ったら岩嵜!サファテ!モイネロ!甲斐野!森!
 こういった酷使で毎年毎年選手を故障で離脱させるようでは投手が何人いても足りない。
 素人目ながら「森よう壊れんなー。頑丈だなー」と毎年思ってたら、今年は森・モイネロの離脱が負の連鎖を呼び、このような惨状になっていた。

 人間である以上目の前の一つ一つの試合を落とせないからリリーバーを酷使しがちになる気持ちはとても解るし、投手分業制の行き届いた現代野球における継投策といういわば正攻法を決して否定したりはしないが、それでも半永久的に勝ち続けるチームを目指すならばどうか?投手起用に関しては少し見直すべきフェーズが今来たと思う。

 ここ4シーズンは毎年日本シリーズまでレギュラーシーズン+約10試合程度(それも気の抜けるところのない張り詰めに張り詰めた10試合)を戦い抜き、さらにホークスが侍ジャパン招集に寛容な傾向からその後秋の終わりまで全力プレーを強いられる選手も少なくなく、オフの休みが他球団に比べて極端に短い。そういった事情を配慮すると回避するのは相当難しいのかもしれないが…

7年間ありがとうございました。

 以上長々と述べた通り、監督の功績という視点で見れば、これ以上ベストな監督選びはなかったと思う。その点に関しては本当に感謝してもし切れない
 そして、来季は今後のホークスにとって勝負の1年になことは間違いない。

 野球に正解はない。石川投手も先日Twitterでつぶやいていたように、野球は一見単純そうに見えて、その何倍も複雑だ。
 誰が次の座に就くしろ、工藤監督の遺産を享受しつつ、その方なりの信念を貫き、持ち味やカラーを存分に出して、「強いホークス」を再建していただきたい。

エースの風格 見せつけてやれ
何も恐くはない それ行け工藤

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